ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2014年9月号

貝殻にまん丸の穴を開けたのは誰?

 ツメタガイによる“犯行”を再現してみましょう。ツメタガイは二枚貝を発見すると、まず自分の軟体部(貝の肉の部分)を使って二枚貝に覆いかぶさります。危険を察知した二枚貝は殻をぎゅっと閉じて身を守ります。が、ツメタガイはヤスリ状の歯(歯舌:しぜつ)と酸性の分泌物を使い、殻を徐々に削っていきます。哀れな二枚貝は、無意味に殻を閉じ続けることしかできません。そのうち殻の横っ腹から開いた穴からツメタガイの口が侵入してきて、二枚貝は何ら抵抗することができないまま体を食いつくされてしまいます。うぎゃぁぁぁあ!二枚貝の身になってみると、ちょっと想像したくない食べられ方ですね… 「犯人」ツメタガイのプロフィール ツメタガイはタマガイ科の巻き貝で、沖縄を除く日本全国の干潟や浅い砂浜に生息しています(図鑑などによっては沖縄も分布域に含まれていますが、沖縄で長年貝を拾っているマニアの方々も口をそろえて「見たことがない」と言います)。殻は茶色で分厚くて陶器のような光沢があり、カタツムリの殻をもっと球形にふくらませたような形をしています。アサリが取れるような遠浅の砂浜に多く、潮干狩りの時に目撃したことのある方も多いのではないかと思います。大量発生するとアサリ養殖に甚大な被害をもたらすことがあり、潮干狩り用に補充された養殖アサリを全滅させてしまうことさえあります。ちなみにツメタガイの名の由来は諸説ありますが、一説によると殻がツベツべ(すべすべ)していることに由来し、「ツベタガイ」がなまって「ツメタガイ」になったと言われています。 沖縄にはツメタガイはいませんが、近縁のタマガイの仲間が何種か知られていて、そのうちの1種は巻き貝を餌にします。面白いのは、二枚貝を狙うツメタガイも、巻き貝を狙う種類も、獲物となる貝の殻の一番薄い場所を知っていて、そこを狙って穴を開けているという点です。二枚貝も巻き貝も生まれた時から小さな殻を持っていて、成長とともに殻を広げていきますが、一番古い部分はまだ体が小さかった時の殻なので厚みが薄いのです。二枚貝では2枚の殻が合わさる付け根付近、巻き貝では殻の入り口から遠いほど、若いころにつくられた部分なのです。 まとめ 今回はツメタガイの捕食についてサスペンス風に紹介してしまいましたが、もちろんツメタガイにしてみれば、生きるために餌を捕っているにすぎません。でも「捕食」というテーマで自然界を見るのも面白いものですよ。自然界で捕食というと、どうしても「弱肉強食」「適者生存」というキーワードが浮かびますが、実際には生物の生き方は極めて多様で、生き残るための「正解」は一つではありません。喰う側にも喰われる側にも、ただ「速く逃げる(追いかける)」とか「力が強い」ではない、巧妙でバラエティ豊かな適応戦略が見られます。そういうのを見てしまうと、つい今回のようなサスペンスもどきのストーリーに仕立てたくなってしまうのです。 …それにしても、貝を食べて育つ貝なんて、さぞかし食べたら美味いんじゃないか?と考えるのが、筆者のような食いしん坊の性。残念ながら沖縄にはツメタガイは分布していないので、今回は捕って食べてみる「食レポ」はかないませんでしたが、ちょっと調べてみました。各地で郷土料理として細々と食べられているようですが、どうも茹でると身が固くなりすぎるようで、あまり食用にはされないようです。ただ、味そのものはいいようで、長時間煮付けておでんの具にする地方もあるようです。変わったところでは、下茹でしてから殻にもどし、ガーリックバターをかけてオーブンでエスカルゴ風に焼いて食べてみたというレポートもありました。某外食チェーンのエスカルゴには負けない味だったそうです(注:漁業権が設定されている地域も多いので、捕って食べる場合はよく確認して下さい)。 執筆者 宮崎 悠
 砂浜を歩いていて、綺麗なまん丸の穴が開いた貝(二枚貝)を見つけたことはありませんか?穴の大きさはまちまちですが(外径1-5mmくらい)、それはもうコンパスで描いたような見事な円で、人間が加工してもなかなかこんなに綺麗にいかないのでは?と思うほど。 穴をよく観察してみましょう。よく見ると穴は貝殻の内側から外側に向かって大きく広がっています(図1)。穴の開いている位置にも注目してみましょう。穴が開いているのは、二枚貝の殻のつながっている部分(蝶番)の近くではないですか?それにしても、思わず「いい仕事してますね〜!」と言いたくなるほどきれいな円。芸術的と言ってもいい。誰がこんな穴を開けたのか、不思議に思っていた人も多いのではないでしょうか?
残された穴から「現場検証」 でもよく考えれば、浜辺に落ちている貝殻に目的もなく穴を空ける生物がいるはずはありません。いい話っぽく始まりましたが、今回のお話はサスペンス風味です。結論から言うとこれらの貝は、中身を喰われて殺害されてしまったのです。それもかなり凄惨な方法で。さっそく遺品(穴の開いた貝殻)から現場検証といきましょう。 まず犯行動機ですが、これは言うまでもなく、ガイシャ(被害者)の体を食べるためです(こう書くとホラーですが、要するに、私達も酒蒸しやバター焼きなどでおいしく頂いている貝の身ですね)。でもご存知のように二枚貝は、2枚の殻を閉じてがっちり体を防御することができます。歯の強い魚や、貝を丸呑みして砂嚢で砕いてしまう一部の水鳥、そして人間には食べられてしまいますが、その場合にはこんな穴は開きません。二枚貝の2枚の殻は閉殻筋(いわゆる「貝柱」)と呼ばれる強力な筋肉でつながっていて、この筋肉が縮むと殻が閉じる仕組みになっています。ヒトデとタコは二枚貝の代表的な天敵ですが、彼らは「力比べ」で二枚貝を捕食します。外から吸盤や管足とよばれる足を二枚貝の殻にひっつけて引っ張り、ガチンコの持久戦で貝柱の筋力を打ち破るのです。でも今回の犯人はもっと“陰湿”です。噛み砕くでも、こじ開けるでもなく、たった1個のまん丸な穴を開け、そこから貝の身を残らず食べ尽くしています。 こんな芸当ができる犯人は、どんな生き物でしょう?結論から言うと今回のマル被(被疑者)は、「ツメタガイ」という名の巻き貝です。というわけで、なんと犯人も貝なのでした。
 ツメタガイによる“犯行”を再現してみましょう。ツメタガイは二枚貝を発見すると、まず自分の軟体部(貝の肉の部分)を使って二枚貝に覆いかぶさります。危険を察知した二枚貝は殻をぎゅっと閉じて身を守ります。が、ツメタガイはヤスリ状の歯(歯舌:しぜつ)と酸性の分泌物を使い、殻を徐々に削っていきます。哀れな二枚貝は、無意味に殻を閉じ続けることしかできません。そのうち殻の横っ腹から開いた穴からツメタガイの口が侵入してきて、二枚貝は何ら抵抗することができないまま体を食いつくされてしまいます。うぎゃぁぁぁあ!二枚貝の身になってみると、ちょっと想像したくない食べられ方ですね… 「犯人」ツメタガイのプロフィール ツメタガイはタマガイ科の巻き貝で、沖縄を除く日本全国の干潟や浅い砂浜に生息しています(図鑑などによっては沖縄も分布域に含まれていますが、沖縄で長年貝を拾っているマニアの方々も口をそろえて「見たことがない」と言います)。殻は茶色で分厚くて陶器のような光沢があり、カタツムリの殻をもっと球形にふくらませたような形をしています。アサリが取れるような遠浅の砂浜に多く、潮干狩りの時に目撃したことのある方も多いのではないかと思います。大量発生するとアサリ養殖に甚大な被害をもたらすことがあり、潮干狩り用に補充された養殖アサリを全滅させてしまうことさえあります。ちなみにツメタガイの名の由来は諸説ありますが、一説によると殻がツベツべ(すべすべ)していることに由来し、「ツベタガイ」がなまって「ツメタガイ」になったと言われています。 沖縄にはツメタガイはいませんが、近縁のタマガイの仲間が何種か知られていて、そのうちの1種は巻き貝を餌にします。面白いのは、二枚貝を狙うツメタガイも、巻き貝を狙う種類も、獲物となる貝の殻の一番薄い場所を知っていて、そこを狙って穴を開けているという点です。二枚貝も巻き貝も生まれた時から小さな殻を持っていて、成長とともに殻を広げていきますが、一番古い部分はまだ体が小さかった時の殻なので厚みが薄いのです。二枚貝では2枚の殻が合わさる付け根付近、巻き貝では殻の入り口から遠いほど、若いころにつくられた部分なのです。 まとめ 今回はツメタガイの捕食についてサスペンス風に紹介してしまいましたが、もちろんツメタガイにしてみれば、生きるために餌を捕っているにすぎません。でも「捕食」というテーマで自然界を見るのも面白いものですよ。自然界で捕食というと、どうしても「弱肉強食」「適者生存」というキーワードが浮かびますが、実際には生物の生き方は極めて多様で、生き残るための「正解」は一つではありません。喰う側にも喰われる側にも、ただ「速く逃げる(追いかける)」とか「力が強い」ではない、巧妙でバラエティ豊かな適応戦略が見られます。そういうのを見てしまうと、つい今回のようなサスペンスもどきのストーリーに仕立てたくなってしまうのです。 …それにしても、貝を食べて育つ貝なんて、さぞかし食べたら美味いんじゃないか?と考えるのが、筆者のような食いしん坊の性。残念ながら沖縄にはツメタガイは分布していないので、今回は捕って食べてみる「食レポ」はかないませんでしたが、ちょっと調べてみました。各地で郷土料理として細々と食べられているようですが、どうも茹でると身が固くなりすぎるようで、あまり食用にはされないようです。ただ、味そのものはいいようで、長時間煮付けておでんの具にする地方もあるようです。変わったところでは、下茹でしてから殻にもどし、ガーリックバターをかけてオーブンでエスカルゴ風に焼いて食べてみたというレポートもありました。某外食チェーンのエスカルゴには負けない味だったそうです(注:漁業権が設定されている地域も多いので、捕って食べる場合はよく確認して下さい)。 執筆者 宮崎 悠
 砂浜を歩いていて、綺麗なまん丸の穴が開いた貝(二枚貝)を見つけたことはありませんか?穴の大きさはまちまちですが(外径1-5mmくらい)、それはもうコンパスで描いたような見事な円で、人間が加工してもなかなかこんなに綺麗にいかないのでは?と思うほど。 穴をよく観察してみましょう。よく見ると穴は貝殻の内側から外側に向かって大きく広がっています(図1)。穴の開いている位置にも注目してみましょう。穴が開いているのは、二枚貝の殻のつながっている部分(蝶番)の近くではないですか?それにしても、思わず「いい仕事してますね〜!」と言いたくなるほどきれいな円。芸術的と言ってもいい。誰がこんな穴を開けたのか、不思議に思っていた人も多いのではないでしょうか?
残された穴から「現場検証」 でもよく考えれば、浜辺に落ちている貝殻に目的もなく穴を空ける生物がいるはずはありません。いい話っぽく始まりましたが、今回のお話はサスペンス風味です。結論から言うとこれらの貝は、中身を喰われて殺害されてしまったのです。それもかなり凄惨な方法で。さっそく遺品(穴の開いた貝殻)から現場検証といきましょう。 まず犯行動機ですが、これは言うまでもなく、ガイシャ(被害者)の体を食べるためです(こう書くとホラーですが、要するに、私達も酒蒸しやバター焼きなどでおいしく頂いている貝の身ですね)。でもご存知のように二枚貝は、2枚の殻を閉じてがっちり体を防御することができます。歯の強い魚や、貝を丸呑みして砂嚢で砕いてしまう一部の水鳥、そして人間には食べられてしまいますが、その場合にはこんな穴は開きません。二枚貝の2枚の殻は閉殻筋(いわゆる「貝柱」)と呼ばれる強力な筋肉でつながっていて、この筋肉が縮むと殻が閉じる仕組みになっています。ヒトデとタコは二枚貝の代表的な天敵ですが、彼らは「力比べ」で二枚貝を捕食します。外から吸盤や管足とよばれる足を二枚貝の殻にひっつけて引っ張り、ガチンコの持久戦で貝柱の筋力を打ち破るのです。でも今回の犯人はもっと“陰湿”です。噛み砕くでも、こじ開けるでもなく、たった1個のまん丸な穴を開け、そこから貝の身を残らず食べ尽くしています。 こんな芸当ができる犯人は、どんな生き物でしょう?結論から言うと今回のマル被(被疑者)は、「ツメタガイ」という名の巻き貝です。というわけで、なんと犯人も貝なのでした。
 ツメタガイによる“犯行”を再現してみましょう。ツメタガイは二枚貝を発見すると、まず自分の軟体部(貝の肉の部分)を使って二枚貝に覆いかぶさります。危険を察知した二枚貝は殻をぎゅっと閉じて身を守ります。が、ツメタガイはヤスリ状の歯(歯舌:しぜつ)と酸性の分泌物を使い、殻を徐々に削っていきます。哀れな二枚貝は、無意味に殻を閉じ続けることしかできません。そのうち殻の横っ腹から開いた穴からツメタガイの口が侵入してきて、二枚貝は何ら抵抗することができないまま体を食いつくされてしまいます。うぎゃぁぁぁあ!二枚貝の身になってみると、ちょっと想像したくない食べられ方ですね… 「犯人」ツメタガイのプロフィール ツメタガイはタマガイ科の巻き貝で、沖縄を除く日本全国の干潟や浅い砂浜に生息しています(図鑑などによっては沖縄も分布域に含まれていますが、沖縄で長年貝を拾っているマニアの方々も口をそろえて「見たことがない」と言います)。殻は茶色で分厚くて陶器のような光沢があり、カタツムリの殻をもっと球形にふくらませたような形をしています。アサリが取れるような遠浅の砂浜に多く、潮干狩りの時に目撃したことのある方も多いのではないかと思います。大量発生するとアサリ養殖に甚大な被害をもたらすことがあり、潮干狩り用に補充された養殖アサリを全滅させてしまうことさえあります。ちなみにツメタガイの名の由来は諸説ありますが、一説によると殻がツベツべ(すべすべ)していることに由来し、「ツベタガイ」がなまって「ツメタガイ」になったと言われています。 沖縄にはツメタガイはいませんが、近縁のタマガイの仲間が何種か知られていて、そのうちの1種は巻き貝を餌にします。面白いのは、二枚貝を狙うツメタガイも、巻き貝を狙う種類も、獲物となる貝の殻の一番薄い場所を知っていて、そこを狙って穴を開けているという点です。二枚貝も巻き貝も生まれた時から小さな殻を持っていて、成長とともに殻を広げていきますが、一番古い部分はまだ体が小さかった時の殻なので厚みが薄いのです。二枚貝では2枚の殻が合わさる付け根付近、巻き貝では殻の入り口から遠いほど、若いころにつくられた部分なのです。 まとめ 今回はツメタガイの捕食についてサスペンス風に紹介してしまいましたが、もちろんツメタガイにしてみれば、生きるために餌を捕っているにすぎません。でも「捕食」というテーマで自然界を見るのも面白いものですよ。自然界で捕食というと、どうしても「弱肉強食」「適者生存」というキーワードが浮かびますが、実際には生物の生き方は極めて多様で、生き残るための「正解」は一つではありません。喰う側にも喰われる側にも、ただ「速く逃げる(追いかける)」とか「力が強い」ではない、巧妙でバラエティ豊かな適応戦略が見られます。そういうのを見てしまうと、つい今回のようなサスペンスもどきのストーリーに仕立てたくなってしまうのです。 …それにしても、貝を食べて育つ貝なんて、さぞかし食べたら美味いんじゃないか?と考えるのが、筆者のような食いしん坊の性。残念ながら沖縄にはツメタガイは分布していないので、今回は捕って食べてみる「食レポ」はかないませんでしたが、ちょっと調べてみました。各地で郷土料理として細々と食べられているようですが、どうも茹でると身が固くなりすぎるようで、あまり食用にはされないようです。ただ、味そのものはいいようで、長時間煮付けておでんの具にする地方もあるようです。変わったところでは、下茹でしてから殻にもどし、ガーリックバターをかけてオーブンでエスカルゴ風に焼いて食べてみたというレポートもありました。某外食チェーンのエスカルゴには負けない味だったそうです(注:漁業権が設定されている地域も多いので、捕って食べる場合はよく確認して下さい)。 執筆者 宮崎 悠
 砂浜を歩いていて、綺麗なまん丸の穴が開いた貝(二枚貝)を見つけたことはありませんか?穴の大きさはまちまちですが(外径1-5mmくらい)、それはもうコンパスで描いたような見事な円で、人間が加工してもなかなかこんなに綺麗にいかないのでは?と思うほど。 穴をよく観察してみましょう。よく見ると穴は貝殻の内側から外側に向かって大きく広がっています(図1)。穴の開いている位置にも注目してみましょう。穴が開いているのは、二枚貝の殻のつながっている部分(蝶番)の近くではないですか?それにしても、思わず「いい仕事してますね〜!」と言いたくなるほどきれいな円。芸術的と言ってもいい。誰がこんな穴を開けたのか、不思議に思っていた人も多いのではないでしょうか?
残された穴から「現場検証」 でもよく考えれば、浜辺に落ちている貝殻に目的もなく穴を空ける生物がいるはずはありません。いい話っぽく始まりましたが、今回のお話はサスペンス風味です。結論から言うとこれらの貝は、中身を喰われて殺害されてしまったのです。それもかなり凄惨な方法で。さっそく遺品(穴の開いた貝殻)から現場検証といきましょう。 まず犯行動機ですが、これは言うまでもなく、ガイシャ(被害者)の体を食べるためです(こう書くとホラーですが、要するに、私達も酒蒸しやバター焼きなどでおいしく頂いている貝の身ですね)。でもご存知のように二枚貝は、2枚の殻を閉じてがっちり体を防御することができます。歯の強い魚や、貝を丸呑みして砂嚢で砕いてしまう一部の水鳥、そして人間には食べられてしまいますが、その場合にはこんな穴は開きません。二枚貝の2枚の殻は閉殻筋(いわゆる「貝柱」)と呼ばれる強力な筋肉でつながっていて、この筋肉が縮むと殻が閉じる仕組みになっています。ヒトデとタコは二枚貝の代表的な天敵ですが、彼らは「力比べ」で二枚貝を捕食します。外から吸盤や管足とよばれる足を二枚貝の殻にひっつけて引っ張り、ガチンコの持久戦で貝柱の筋力を打ち破るのです。でも今回の犯人はもっと“陰湿”です。噛み砕くでも、こじ開けるでもなく、たった1個のまん丸な穴を開け、そこから貝の身を残らず食べ尽くしています。 こんな芸当ができる犯人は、どんな生き物でしょう?結論から言うと今回のマル被(被疑者)は、「ツメタガイ」という名の巻き貝です。というわけで、なんと犯人も貝なのでした。
 ツメタガイによる“犯行”を再現してみましょう。ツメタガイは二枚貝を発見すると、まず自分の軟体部(貝の肉の部分)を使って二枚貝に覆いかぶさります。危険を察知した二枚貝は殻をぎゅっと閉じて身を守ります。が、ツメタガイはヤスリ状の歯(歯舌:しぜつ)と酸性の分泌物を使い、殻を徐々に削っていきます。哀れな二枚貝は、無意味に殻を閉じ続けることしかできません。そのうち殻の横っ腹から開いた穴からツメタガイの口が侵入してきて、二枚貝は何ら抵抗することができないまま体を食いつくされてしまいます。うぎゃぁぁぁあ!二枚貝の身になってみると、ちょっと想像したくない食べられ方ですね… 「犯人」ツメタガイのプロフィール ツメタガイはタマガイ科の巻き貝で、沖縄を除く日本全国の干潟や浅い砂浜に生息しています(図鑑などによっては沖縄も分布域に含まれていますが、沖縄で長年貝を拾っているマニアの方々も口をそろえて「見たことがない」と言います)。殻は茶色で分厚くて陶器のような光沢があり、カタツムリの殻をもっと球形にふくらませたような形をしています。アサリが取れるような遠浅の砂浜に多く、潮干狩りの時に目撃したことのある方も多いのではないかと思います。大量発生するとアサリ養殖に甚大な被害をもたらすことがあり、潮干狩り用に補充された養殖アサリを全滅させてしまうことさえあります。ちなみにツメタガイの名の由来は諸説ありますが、一説によると殻がツベツべ(すべすべ)していることに由来し、「ツベタガイ」がなまって「ツメタガイ」になったと言われています。 沖縄にはツメタガイはいませんが、近縁のタマガイの仲間が何種か知られていて、そのうちの1種は巻き貝を餌にします。面白いのは、二枚貝を狙うツメタガイも、巻き貝を狙う種類も、獲物となる貝の殻の一番薄い場所を知っていて、そこを狙って穴を開けているという点です。二枚貝も巻き貝も生まれた時から小さな殻を持っていて、成長とともに殻を広げていきますが、一番古い部分はまだ体が小さかった時の殻なので厚みが薄いのです。二枚貝では2枚の殻が合わさる付け根付近、巻き貝では殻の入り口から遠いほど、若いころにつくられた部分なのです。 まとめ 今回はツメタガイの捕食についてサスペンス風に紹介してしまいましたが、もちろんツメタガイにしてみれば、生きるために餌を捕っているにすぎません。でも「捕食」というテーマで自然界を見るのも面白いものですよ。自然界で捕食というと、どうしても「弱肉強食」「適者生存」というキーワードが浮かびますが、実際には生物の生き方は極めて多様で、生き残るための「正解」は一つではありません。喰う側にも喰われる側にも、ただ「速く逃げる(追いかける)」とか「力が強い」ではない、巧妙でバラエティ豊かな適応戦略が見られます。そういうのを見てしまうと、つい今回のようなサスペンスもどきのストーリーに仕立てたくなってしまうのです。 …それにしても、貝を食べて育つ貝なんて、さぞかし食べたら美味いんじゃないか?と考えるのが、筆者のような食いしん坊の性。残念ながら沖縄にはツメタガイは分布していないので、今回は捕って食べてみる「食レポ」はかないませんでしたが、ちょっと調べてみました。各地で郷土料理として細々と食べられているようですが、どうも茹でると身が固くなりすぎるようで、あまり食用にはされないようです。ただ、味そのものはいいようで、長時間煮付けておでんの具にする地方もあるようです。変わったところでは、下茹でしてから殻にもどし、ガーリックバターをかけてオーブンでエスカルゴ風に焼いて食べてみたというレポートもありました。某外食チェーンのエスカルゴには負けない味だったそうです(注:漁業権が設定されている地域も多いので、捕って食べる場合はよく確認して下さい)。 執筆者 宮崎 悠
 砂浜を歩いていて、綺麗なまん丸の穴が開いた貝(二枚貝)を見つけたことはありませんか?穴の大きさはまちまちですが(外径1-5mmくらい)、それはもうコンパスで描いたような見事な円で、人間が加工してもなかなかこんなに綺麗にいかないのでは?と思うほど。 穴をよく観察してみましょう。よく見ると穴は貝殻の内側から外側に向かって大きく広がっています(図1)。穴の開いている位置にも注目してみましょう。穴が開いているのは、二枚貝の殻のつながっている部分(蝶番)の近くではないですか?それにしても、思わず「いい仕事してますね〜!」と言いたくなるほどきれいな円。芸術的と言ってもいい。誰がこんな穴を開けたのか、不思議に思っていた人も多いのではないでしょうか?
残された穴から「現場検証」 でもよく考えれば、浜辺に落ちている貝殻に目的もなく穴を空ける生物がいるはずはありません。いい話っぽく始まりましたが、今回のお話はサスペンス風味です。結論から言うとこれらの貝は、中身を喰われて殺害されてしまったのです。それもかなり凄惨な方法で。さっそく遺品(穴の開いた貝殻)から現場検証といきましょう。 まず犯行動機ですが、これは言うまでもなく、ガイシャ(被害者)の体を食べるためです(こう書くとホラーですが、要するに、私達も酒蒸しやバター焼きなどでおいしく頂いている貝の身ですね)。でもご存知のように二枚貝は、2枚の殻を閉じてがっちり体を防御することができます。歯の強い魚や、貝を丸呑みして砂嚢で砕いてしまう一部の水鳥、そして人間には食べられてしまいますが、その場合にはこんな穴は開きません。二枚貝の2枚の殻は閉殻筋(いわゆる「貝柱」)と呼ばれる強力な筋肉でつながっていて、この筋肉が縮むと殻が閉じる仕組みになっています。ヒトデとタコは二枚貝の代表的な天敵ですが、彼らは「力比べ」で二枚貝を捕食します。外から吸盤や管足とよばれる足を二枚貝の殻にひっつけて引っ張り、ガチンコの持久戦で貝柱の筋力を打ち破るのです。でも今回の犯人はもっと“陰湿”です。噛み砕くでも、こじ開けるでもなく、たった1個のまん丸な穴を開け、そこから貝の身を残らず食べ尽くしています。 こんな芸当ができる犯人は、どんな生き物でしょう?結論から言うと今回のマル被(被疑者)は、「ツメタガイ」という名の巻き貝です。というわけで、なんと犯人も貝なのでした。
 ツメタガイによる“犯行”を再現してみましょう。ツメタガイは二枚貝を発見すると、まず自分の軟体部(貝の肉の部分)を使って二枚貝に覆いかぶさります。危険を察知した二枚貝は殻をぎゅっと閉じて身を守ります。が、ツメタガイはヤスリ状の歯(歯舌:しぜつ)と酸性の分泌物を使い、殻を徐々に削っていきます。哀れな二枚貝は、無意味に殻を閉じ続けることしかできません。そのうち殻の横っ腹から開いた穴からツメタガイの口が侵入してきて、二枚貝は何ら抵抗することができないまま体を食いつくされてしまいます。うぎゃぁぁぁあ!二枚貝の身になってみると、ちょっと想像したくない食べられ方ですね… 「犯人」ツメタガイのプロフィール ツメタガイはタマガイ科の巻き貝で、沖縄を除く日本全国の干潟や浅い砂浜に生息しています(図鑑などによっては沖縄も分布域に含まれていますが、沖縄で長年貝を拾っているマニアの方々も口をそろえて「見たことがない」と言います)。殻は茶色で分厚くて陶器のような光沢があり、カタツムリの殻をもっと球形にふくらませたような形をしています。アサリが取れるような遠浅の砂浜に多く、潮干狩りの時に目撃したことのある方も多いのではないかと思います。大量発生するとアサリ養殖に甚大な被害をもたらすことがあり、潮干狩り用に補充された養殖アサリを全滅させてしまうことさえあります。ちなみにツメタガイの名の由来は諸説ありますが、一説によると殻がツベツべ(すべすべ)していることに由来し、「ツベタガイ」がなまって「ツメタガイ」になったと言われています。 沖縄にはツメタガイはいませんが、近縁のタマガイの仲間が何種か知られていて、そのうちの1種は巻き貝を餌にします。面白いのは、二枚貝を狙うツメタガイも、巻き貝を狙う種類も、獲物となる貝の殻の一番薄い場所を知っていて、そこを狙って穴を開けているという点です。二枚貝も巻き貝も生まれた時から小さな殻を持っていて、成長とともに殻を広げていきますが、一番古い部分はまだ体が小さかった時の殻なので厚みが薄いのです。二枚貝では2枚の殻が合わさる付け根付近、巻き貝では殻の入り口から遠いほど、若いころにつくられた部分なのです。 まとめ 今回はツメタガイの捕食についてサスペンス風に紹介してしまいましたが、もちろんツメタガイにしてみれば、生きるために餌を捕っているにすぎません。でも「捕食」というテーマで自然界を見るのも面白いものですよ。自然界で捕食というと、どうしても「弱肉強食」「適者生存」というキーワードが浮かびますが、実際には生物の生き方は極めて多様で、生き残るための「正解」は一つではありません。喰う側にも喰われる側にも、ただ「速く逃げる(追いかける)」とか「力が強い」ではない、巧妙でバラエティ豊かな適応戦略が見られます。そういうのを見てしまうと、つい今回のようなサスペンスもどきのストーリーに仕立てたくなってしまうのです。 …それにしても、貝を食べて育つ貝なんて、さぞかし食べたら美味いんじゃないか?と考えるのが、筆者のような食いしん坊の性。残念ながら沖縄にはツメタガイは分布していないので、今回は捕って食べてみる「食レポ」はかないませんでしたが、ちょっと調べてみました。各地で郷土料理として細々と食べられているようですが、どうも茹でると身が固くなりすぎるようで、あまり食用にはされないようです。ただ、味そのものはいいようで、長時間煮付けておでんの具にする地方もあるようです。変わったところでは、下茹でしてから殻にもどし、ガーリックバターをかけてオーブンでエスカルゴ風に焼いて食べてみたというレポートもありました。某外食チェーンのエスカルゴには負けない味だったそうです(注:漁業権が設定されている地域も多いので、捕って食べる場合はよく確認して下さい)。 執筆者 宮崎 悠