ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2014年10月号

電灯潜り漁の世界

「電灯潜り漁」ー沖縄の伝統漁の謎を追う 沖縄には「電灯潜り漁」という、一般には全くと言っていいほど知られていない漁があります。この漁法は奄美・沖縄地方以外ではほとんど見られない非常にローカルな漁であるうえ、「電灯潜り漁」で漁獲された海産物は島を出ることなく地産地消されてしまいます。これでは世間に知られていなくても納得です。となればこの「電灯潜り漁」が今も行われている沖縄に住む僕が、この漁の謎について調べてみる必要があるようですね。それでは早速ですが、那覇市にある有名な魚市場「泊(とまり)いゆまち」へ取材、と洒落こんでみます!
沖縄の海人たちが集う魚市場-泊いゆまち- 泊いゆまち(いゆとは方言でさかなのこと)は離島行きフェリーが帰着する泊港に併設されており、観光街として有名な国際通りにもほど近いため、地元民だけでなく観光客も多く訪れる魚市場です。泊港は沖縄本島では最大のマグロ水揚げ量を誇る漁港なので、魚市場の大きさも県内で最大級です。ここならきっと答えが見つかるはずです。 市場内を歩いて回ると、巨大なクロマグロだけでなく、近海産のカラフルな魚、赤が映える深海性の魚、イセエビ、イカ、タコ、貝、海藻等の沖縄県内で漁獲された多種多様な海産物が並んでいる様子が見物できます。さてここで、魚市場に並ぶ魚に注目してみましょう。上の写真は非常に鮮やかな体色をしたイロブダイですが、ちょうど目の下、頬のあたりに傷がついているのに気が付きましたか?歩き回ってみると魚市場内のあちこちに同じような傷がついた魚が目に入ります。例えば、シロクラベラ(方言名マクブ)、スジアラ(方言名アカジン)、といった高級魚、ヒトスジタマガシラ(方言名ジューマー)やブダイ類(方言名イラブチャー)、そしてコブシメ(コウイカの仲間)やワモンダコ(方言名シマダコ)等はこの傷がついているものが多いようです。ちょっと気になるので、この傷がいったいどんな経緯でつけられたのか考えてみましょう。まず、魚体に網目の痕がないため網を使った漁ではないでしょう。釣りではそもそも体の表面に傷がつかないので、釣り漁の可能性は低いようです。あっ、そこにいる市場の お兄さんに聞いてみましょう。 -この魚はどうやって捕ったんですか? 「ああ、それは銛でついたんだよ」 -おおっ!なるほど! 「いわゆる電灯潜りってやつさ〜」 -ええっ!?電灯潜り漁って銛を使うんですか? 「そうさ〜。夜の海に潜って魚を突くのが電灯潜り漁さ〜。」 どうやらこの傷こそが「電灯潜り漁」で漁獲されたしるしだったようです!種明かしをすると、「電灯潜り漁」とは読んで時のごとく、「電灯(防水ライト)」を片手に夜の海に「潜り」、銛(モリ)で魚を突く「漁」のことを指しているのです 「電灯潜り漁」-夜の海に体ひとつで挑む漁- 「電灯潜り漁」は、漁師が真っ暗な夜の海に潜り、銛(方言でイーグン)と電灯(防水ライト)のみで自然に挑む命がけの漁です。なぜわざわざ危険な夜に潜ったりするの?と思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があります。昼間は魚の動きが素早く、銛を持っていてもおいそれとは捕ることはできないのですが、多くの魚は夜になると岩の陰などで眠りこけているのです。実際、沖縄の海に夜潜ってみると、前出の市場で見られた魚たちが無防備にもそこらじゅうで眠りこけ、時には触っても起きないほど熟睡している様子が見られます。 こう書くととても簡単な漁に聞こえるかもしれませんが、真っ暗な夜の海に潜るというのは想像以上に怖いものです。僕は研究で、カワギンチャクという生き物の産卵の様子を見るため、シーズンになると度々夜の海に潜る機会があります。昼とは違う魚の様子が見れたり、夜にしか見られない生き物が見れたりするのはとても面白いものですが、ふと気づいたときに覚える、闇の広がる海の底に吸い込まれそうになる恐怖感にはなかなか慣れません。こんなことを毎晩平然として行う漁師さんたちの勇気はすごいなあと思うことしきりです。沖縄以外では「海女(あま)漁」が潜る漁として有名で、電灯潜り漁と近い形態で行われますが、夜の海に体ひとつで挑む様子は、沖縄ならではのものです。 沖縄で電灯潜り漁が発達した背景には、沖縄を取り巻く「サンゴ礁」という環境の特性が垣間見られます。沖縄の島々は隆起したサンゴ礁で形成されており、海底にはサンゴ礁が広がっています。サンゴ礁でできた海底は突起物があまりにも多いため、効率的に魚介類を捕る底引き網漁やトローリングが出来ません。一方で、外洋からの波がサンゴ礁に阻まれ沿岸域が年中穏やかなことから、潜り漁には大変向いた環境であると言えます。また、沖縄は亜熱帯の気候を持ち、平均海水温が最も寒い2月でも20℃を下回まわらないため、冬に潜る際にも大掛かりな防寒具は必要ありません。 漁師さんの工夫はただただ感心するほかない芸術的なものです。銛(イーグン)は夜に使うことを考慮して取り回しのきく短いものを特別に作り、電灯にはバイク用のバッテリーを流用して市販品にはない強力なものを作り、泳ぎながら捕った獲物を吊るせるようロープ付きのブイを作り…等々と挙げたらきりがないほど、自作の道具にあふれています。まさにハンドメイド魂炸裂と言ったところでしょうか。 このように、沖縄で発達した電灯潜り漁は、魚の習性を知り、地形や環境の特性を理解していないと成立しえない漁です。しかし、電灯潜り漁の将来は、明るいものではないと言わざるを得ません。戦後、電灯潜り漁が始まった当初は公務員よりはるかに高給取りの潜り漁師さんもザラにいたという話ですが、県内のサンゴ礁環境の悪化や乱獲にともない、漁獲量は劇的に減少してしまいました。さらに必要な機材が少ないことから、漁師以外にもレジャー・小遣い稼ぎで電灯潜りを行う人が増加してきたことで(漁業者以外がスキューバ潜水で銛漁をすることは禁じられています)、乱獲に拍車をかけ、漁師さんが捕らないような成長途中の小さな魚も捕るなどの問題も出ています。サンゴ礁の海を最も身近に見つめてきた漁師さんたちの「知恵」をいつまでも受け継いでいけるよう私たちはいったいどうしたらよいのか?考える猶予はあまり残されていないのかもしれません。 執筆者 河村 伊織
「電灯潜り漁」ー沖縄の伝統漁の謎を追う 沖縄には「電灯潜り漁」という、一般には全くと言っていいほど知られていない漁があります。この漁法は奄美・沖縄地方以外ではほとんど見られない非常にローカルな漁であるうえ、「電灯潜り漁」で漁獲された海産物は島を出ることなく地産地消されてしまいます。これでは世間に知られていなくても納得です。となればこの「電灯潜り漁」が今も行われている沖縄に住む僕が、この漁の謎について調べてみる必要があるようですね。それでは早速ですが、那覇市にある有名な魚市場「泊(とまり)いゆまち」へ取材、と洒落こんでみます!
沖縄の海人たちが集う魚市場-泊いゆまち- 泊いゆまち(いゆとは方言でさかなのこと)は離島行きフェリーが帰着する泊港に併設されており、観光街として有名な国際通りにもほど近いため、地元民だけでなく観光客も多く訪れる魚市場です。泊港は沖縄本島では最大のマグロ水揚げ量を誇る漁港なので、魚市場の大きさも県内で最大級です。ここならきっと答えが見つかるはずです。 市場内を歩いて回ると、巨大なクロマグロだけでなく、近海産のカラフルな魚、赤が映える深海性の魚、イセエビ、イカ、タコ、貝、海藻等の沖縄県内で漁獲された多種多様な海産物が並んでいる様子が見物できます。さてここで、魚市場に並ぶ魚に注目してみましょう。上の写真は非常に鮮やかな体色をしたイロブダイですが、ちょうど目の下、頬のあたりに傷がついているのに気が付きましたか?歩き回ってみると魚市場内のあちこちに同じような傷がついた魚が目に入ります。例えば、シロクラベラ(方言名マクブ)、スジアラ(方言名アカジン)、といった高級魚、ヒトスジタマガシラ(方言名ジューマー)やブダイ類(方言名イラブチャー)、そしてコブシメ(コウイカの仲間)やワモンダコ(方言名シマダコ)等はこの傷がついているものが多いようです。ちょっと気になるので、この傷がいったいどんな経緯でつけられたのか考えてみましょう。まず、魚体に網目の痕がないため網を使った漁ではないでしょう。釣りではそもそも体の表面に傷がつかないので、釣り漁の可能性は低いようです。あっ、そこにいる市場の お兄さんに聞いてみましょう。 -この魚はどうやって捕ったんですか? 「ああ、それは銛でついたんだよ」 -おおっ!なるほど! 「いわゆる電灯潜りってやつさ〜」 -ええっ!?電灯潜り漁って銛を使うんですか? 「そうさ〜。夜の海に潜って魚を突くのが電灯潜り漁さ〜。」 どうやらこの傷こそが「電灯潜り漁」で漁獲されたしるしだったようです!種明かしをすると、「電灯潜り漁」とは読んで時のごとく、「電灯(防水ライト)」を片手に夜の海に「潜り」、銛(モリ)で魚を突く「漁」のことを指しているのです 「電灯潜り漁」-夜の海に体ひとつで挑む漁- 「電灯潜り漁」は、漁師が真っ暗な夜の海に潜り、銛(方言でイーグン)と電灯(防水ライト)のみで自然に挑む命がけの漁です。なぜわざわざ危険な夜に潜ったりするの?と思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があります。昼間は魚の動きが素早く、銛を持っていてもおいそれとは捕ることはできないのですが、多くの魚は夜になると岩の陰などで眠りこけているのです。実際、沖縄の海に夜潜ってみると、前出の市場で見られた魚たちが無防備にもそこらじゅうで眠りこけ、時には触っても起きないほど熟睡している様子が見られます。 こう書くととても簡単な漁に聞こえるかもしれませんが、真っ暗な夜の海に潜るというのは想像以上に怖いものです。僕は研究で、カワギンチャクという生き物の産卵の様子を見るため、シーズンになると度々夜の海に潜る機会があります。昼とは違う魚の様子が見れたり、夜にしか見られない生き物が見れたりするのはとても面白いものですが、ふと気づいたときに覚える、闇の広がる海の底に吸い込まれそうになる恐怖感にはなかなか慣れません。こんなことを毎晩平然として行う漁師さんたちの勇気はすごいなあと思うことしきりです。沖縄以外では「海女(あま)漁」が潜る漁として有名で、電灯潜り漁と近い形態で行われますが、夜の海に体ひとつで挑む様子は、沖縄ならではのものです。 沖縄で電灯潜り漁が発達した背景には、沖縄を取り巻く「サンゴ礁」という環境の特性が垣間見られます。沖縄の島々は隆起したサンゴ礁で形成されており、海底にはサンゴ礁が広がっています。サンゴ礁でできた海底は突起物があまりにも多いため、効率的に魚介類を捕る底引き網漁やトローリングが出来ません。一方で、外洋からの波がサンゴ礁に阻まれ沿岸域が年中穏やかなことから、潜り漁には大変向いた環境であると言えます。また、沖縄は亜熱帯の気候を持ち、平均海水温が最も寒い2月でも20℃を下回まわらないため、冬に潜る際にも大掛かりな防寒具は必要ありません。 漁師さんの工夫はただただ感心するほかない芸術的なものです。銛(イーグン)は夜に使うことを考慮して取り回しのきく短いものを特別に作り、電灯にはバイク用のバッテリーを流用して市販品にはない強力なものを作り、泳ぎながら捕った獲物を吊るせるようロープ付きのブイを作り…等々と挙げたらきりがないほど、自作の道具にあふれています。まさにハンドメイド魂炸裂と言ったところでしょうか。 このように、沖縄で発達した電灯潜り漁は、魚の習性を知り、地形や環境の特性を理解していないと成立しえない漁です。しかし、電灯潜り漁の将来は、明るいものではないと言わざるを得ません。戦後、電灯潜り漁が始まった当初は公務員よりはるかに高給取りの潜り漁師さんもザラにいたという話ですが、県内のサンゴ礁環境の悪化や乱獲にともない、漁獲量は劇的に減少してしまいました。さらに必要な機材が少ないことから、漁師以外にもレジャー・小遣い稼ぎで電灯潜りを行う人が増加してきたことで(漁業者以外がスキューバ潜水で銛漁をすることは禁じられています)、乱獲に拍車をかけ、漁師さんが捕らないような成長途中の小さな魚も捕るなどの問題も出ています。サンゴ礁の海を最も身近に見つめてきた漁師さんたちの「知恵」をいつまでも受け継いでいけるよう私たちはいったいどうしたらよいのか?考える猶予はあまり残されていないのかもしれません。 執筆者 河村 伊織
「電灯潜り漁」ー沖縄の伝統漁の謎を追う 沖縄には「電灯潜り漁」という、一般には全くと言っていいほど知られていない漁があります。この漁法は奄美・沖縄地方以外ではほとんど見られない非常にローカルな漁であるうえ、「電灯潜り漁」で漁獲された海産物は島を出ることなく地産地消されてしまいます。これでは世間に知られていなくても納得です。となればこの「電灯潜り漁」が今も行われている沖縄に住む僕が、この漁の謎について調べてみる必要があるようですね。それでは早速ですが、那覇市にある有名な魚市場「泊(とまり)いゆまち」へ取材、と洒落こんでみます!
沖縄の海人たちが集う魚市場-泊いゆまち- 泊いゆまち(いゆとは方言でさかなのこと)は離島行きフェリーが帰着する泊港に併設されており、観光街として有名な国際通りにもほど近いため、地元民だけでなく観光客も多く訪れる魚市場です。泊港は沖縄本島では最大のマグロ水揚げ量を誇る漁港なので、魚市場の大きさも県内で最大級です。ここならきっと答えが見つかるはずです。 市場内を歩いて回ると、巨大なクロマグロだけでなく、近海産のカラフルな魚、赤が映える深海性の魚、イセエビ、イカ、タコ、貝、海藻等の沖縄県内で漁獲された多種多様な海産物が並んでいる様子が見物できます。さてここで、魚市場に並ぶ魚に注目してみましょう。上の写真は非常に鮮やかな体色をしたイロブダイですが、ちょうど目の下、頬のあたりに傷がついているのに気が付きましたか?歩き回ってみると魚市場内のあちこちに同じような傷がついた魚が目に入ります。例えば、シロクラベラ(方言名マクブ)、スジアラ(方言名アカジン)、といった高級魚、ヒトスジタマガシラ(方言名ジューマー)やブダイ類(方言名イラブチャー)、そしてコブシメ(コウイカの仲間)やワモンダコ(方言名シマダコ)等はこの傷がついているものが多いようです。ちょっと気になるので、この傷がいったいどんな経緯でつけられたのか考えてみましょう。まず、魚体に網目の痕がないため網を使った漁ではないでしょう。釣りではそもそも体の表面に傷がつかないので、釣り漁の可能性は低いようです。あっ、そこにいる市場の お兄さんに聞いてみましょう。 -この魚はどうやって捕ったんですか? 「ああ、それは銛でついたんだよ」 -おおっ!なるほど! 「いわゆる電灯潜りってやつさ〜」 -ええっ!?電灯潜り漁って銛を使うんですか? 「そうさ〜。夜の海に潜って魚を突くのが電灯潜り漁さ〜。」 どうやらこの傷こそが「電灯潜り漁」で漁獲されたしるしだったようです!種明かしをすると、「電灯潜り漁」とは読んで時のごとく、「電灯(防水ライト)」を片手に夜の海に「潜り」、銛(モリ)で魚を突く「漁」のことを指しているのです 「電灯潜り漁」-夜の海に体ひとつで挑む漁- 「電灯潜り漁」は、漁師が真っ暗な夜の海に潜り、銛(方言でイーグン)と電灯(防水ライト)のみで自然に挑む命がけの漁です。なぜわざわざ危険な夜に潜ったりするの?と思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があります。昼間は魚の動きが素早く、銛を持っていてもおいそれとは捕ることはできないのですが、多くの魚は夜になると岩の陰などで眠りこけているのです。実際、沖縄の海に夜潜ってみると、前出の市場で見られた魚たちが無防備にもそこらじゅうで眠りこけ、時には触っても起きないほど熟睡している様子が見られます。 こう書くととても簡単な漁に聞こえるかもしれませんが、真っ暗な夜の海に潜るというのは想像以上に怖いものです。僕は研究で、カワギンチャクという生き物の産卵の様子を見るため、シーズンになると度々夜の海に潜る機会があります。昼とは違う魚の様子が見れたり、夜にしか見られない生き物が見れたりするのはとても面白いものですが、ふと気づいたときに覚える、闇の広がる海の底に吸い込まれそうになる恐怖感にはなかなか慣れません。こんなことを毎晩平然として行う漁師さんたちの勇気はすごいなあと思うことしきりです。沖縄以外では「海女(あま)漁」が潜る漁として有名で、電灯潜り漁と近い形態で行われますが、夜の海に体ひとつで挑む様子は、沖縄ならではのものです。 沖縄で電灯潜り漁が発達した背景には、沖縄を取り巻く「サンゴ礁」という環境の特性が垣間見られます。沖縄の島々は隆起したサンゴ礁で形成されており、海底にはサンゴ礁が広がっています。サンゴ礁でできた海底は突起物があまりにも多いため、効率的に魚介類を捕る底引き網漁やトローリングが出来ません。一方で、外洋からの波がサンゴ礁に阻まれ沿岸域が年中穏やかなことから、潜り漁には大変向いた環境であると言えます。また、沖縄は亜熱帯の気候を持ち、平均海水温が最も寒い2月でも20℃を下回まわらないため、冬に潜る際にも大掛かりな防寒具は必要ありません。 漁師さんの工夫はただただ感心するほかない芸術的なものです。銛(イーグン)は夜に使うことを考慮して取り回しのきく短いものを特別に作り、電灯にはバイク用のバッテリーを流用して市販品にはない強力なものを作り、泳ぎながら捕った獲物を吊るせるようロープ付きのブイを作り…等々と挙げたらきりがないほど、自作の道具にあふれています。まさにハンドメイド魂炸裂と言ったところでしょうか。 このように、沖縄で発達した電灯潜り漁は、魚の習性を知り、地形や環境の特性を理解していないと成立しえない漁です。しかし、電灯潜り漁の将来は、明るいものではないと言わざるを得ません。戦後、電灯潜り漁が始まった当初は公務員よりはるかに高給取りの潜り漁師さんもザラにいたという話ですが、県内のサンゴ礁環境の悪化や乱獲にともない、漁獲量は劇的に減少してしまいました。さらに必要な機材が少ないことから、漁師以外にもレジャー・小遣い稼ぎで電灯潜りを行う人が増加してきたことで(漁業者以外がスキューバ潜水で銛漁をすることは禁じられています)、乱獲に拍車をかけ、漁師さんが捕らないような成長途中の小さな魚も捕るなどの問題も出ています。サンゴ礁の海を最も身近に見つめてきた漁師さんたちの「知恵」をいつまでも受け継いでいけるよう私たちはいったいどうしたらよいのか?考える猶予はあまり残されていないのかもしれません。 執筆者 河村 伊織
「電灯潜り漁」ー沖縄の伝統漁の謎を追う 沖縄には「電灯潜り漁」という、一般には全くと言っていいほど知られていない漁があります。この漁法は奄美・沖縄地方以外ではほとんど見られない非常にローカルな漁であるうえ、「電灯潜り漁」で漁獲された海産物は島を出ることなく地産地消されてしまいます。これでは世間に知られていなくても納得です。となればこの「電灯潜り漁」が今も行われている沖縄に住む僕が、この漁の謎について調べてみる必要があるようですね。それでは早速ですが、那覇市にある有名な魚市場「泊(とまり)いゆまち」へ取材、と洒落こんでみます!
沖縄の海人たちが集う魚市場-泊いゆまち- 泊いゆまち(いゆとは方言でさかなのこと)は離島行きフェリーが帰着する泊港に併設されており、観光街として有名な国際通りにもほど近いため、地元民だけでなく観光客も多く訪れる魚市場です。泊港は沖縄本島では最大のマグロ水揚げ量を誇る漁港なので、魚市場の大きさも県内で最大級です。ここならきっと答えが見つかるはずです。 市場内を歩いて回ると、巨大なクロマグロだけでなく、近海産のカラフルな魚、赤が映える深海性の魚、イセエビ、イカ、タコ、貝、海藻等の沖縄県内で漁獲された多種多様な海産物が並んでいる様子が見物できます。さてここで、魚市場に並ぶ魚に注目してみましょう。上の写真は非常に鮮やかな体色をしたイロブダイですが、ちょうど目の下、頬のあたりに傷がついているのに気が付きましたか?歩き回ってみると魚市場内のあちこちに同じような傷がついた魚が目に入ります。例えば、シロクラベラ(方言名マクブ)、スジアラ(方言名アカジン)、といった高級魚、ヒトスジタマガシラ(方言名ジューマー)やブダイ類(方言名イラブチャー)、そしてコブシメ(コウイカの仲間)やワモンダコ(方言名シマダコ)等はこの傷がついているものが多いようです。ちょっと気になるので、この傷がいったいどんな経緯でつけられたのか考えてみましょう。まず、魚体に網目の痕がないため網を使った漁ではないでしょう。釣りではそもそも体の表面に傷がつかないので、釣り漁の可能性は低いようです。あっ、そこにいる市場の お兄さんに聞いてみましょう。 -この魚はどうやって捕ったんですか? 「ああ、それは銛でついたんだよ」 -おおっ!なるほど! 「いわゆる電灯潜りってやつさ〜」 -ええっ!?電灯潜り漁って銛を使うんですか? 「そうさ〜。夜の海に潜って魚を突くのが電灯潜り漁さ〜。」 どうやらこの傷こそが「電灯潜り漁」で漁獲されたしるしだったようです!種明かしをすると、「電灯潜り漁」とは読んで時のごとく、「電灯(防水ライト)」を片手に夜の海に「潜り」、銛(モリ)で魚を突く「漁」のことを指しているのです 「電灯潜り漁」-夜の海に体ひとつで挑む漁- 「電灯潜り漁」は、漁師が真っ暗な夜の海に潜り、銛(方言でイーグン)と電灯(防水ライト)のみで自然に挑む命がけの漁です。なぜわざわざ危険な夜に潜ったりするの?と思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があります。昼間は魚の動きが素早く、銛を持っていてもおいそれとは捕ることはできないのですが、多くの魚は夜になると岩の陰などで眠りこけているのです。実際、沖縄の海に夜潜ってみると、前出の市場で見られた魚たちが無防備にもそこらじゅうで眠りこけ、時には触っても起きないほど熟睡している様子が見られます。 こう書くととても簡単な漁に聞こえるかもしれませんが、真っ暗な夜の海に潜るというのは想像以上に怖いものです。僕は研究で、カワギンチャクという生き物の産卵の様子を見るため、シーズンになると度々夜の海に潜る機会があります。昼とは違う魚の様子が見れたり、夜にしか見られない生き物が見れたりするのはとても面白いものですが、ふと気づいたときに覚える、闇の広がる海の底に吸い込まれそうになる恐怖感にはなかなか慣れません。こんなことを毎晩平然として行う漁師さんたちの勇気はすごいなあと思うことしきりです。沖縄以外では「海女(あま)漁」が潜る漁として有名で、電灯潜り漁と近い形態で行われますが、夜の海に体ひとつで挑む様子は、沖縄ならではのものです。 沖縄で電灯潜り漁が発達した背景には、沖縄を取り巻く「サンゴ礁」という環境の特性が垣間見られます。沖縄の島々は隆起したサンゴ礁で形成されており、海底にはサンゴ礁が広がっています。サンゴ礁でできた海底は突起物があまりにも多いため、効率的に魚介類を捕る底引き網漁やトローリングが出来ません。一方で、外洋からの波がサンゴ礁に阻まれ沿岸域が年中穏やかなことから、潜り漁には大変向いた環境であると言えます。また、沖縄は亜熱帯の気候を持ち、平均海水温が最も寒い2月でも20℃を下回まわらないため、冬に潜る際にも大掛かりな防寒具は必要ありません。 漁師さんの工夫はただただ感心するほかない芸術的なものです。銛(イーグン)は夜に使うことを考慮して取り回しのきく短いものを特別に作り、電灯にはバイク用のバッテリーを流用して市販品にはない強力なものを作り、泳ぎながら捕った獲物を吊るせるようロープ付きのブイを作り…等々と挙げたらきりがないほど、自作の道具にあふれています。まさにハンドメイド魂炸裂と言ったところでしょうか。 このように、沖縄で発達した電灯潜り漁は、魚の習性を知り、地形や環境の特性を理解していないと成立しえない漁です。しかし、電灯潜り漁の将来は、明るいものではないと言わざるを得ません。戦後、電灯潜り漁が始まった当初は公務員よりはるかに高給取りの潜り漁師さんもザラにいたという話ですが、県内のサンゴ礁環境の悪化や乱獲にともない、漁獲量は劇的に減少してしまいました。さらに必要な機材が少ないことから、漁師以外にもレジャー・小遣い稼ぎで電灯潜りを行う人が増加してきたことで(漁業者以外がスキューバ潜水で銛漁をすることは禁じられています)、乱獲に拍車をかけ、漁師さんが捕らないような成長途中の小さな魚も捕るなどの問題も出ています。サンゴ礁の海を最も身近に見つめてきた漁師さんたちの「知恵」をいつまでも受け継いでいけるよう私たちはいったいどうしたらよいのか?考える猶予はあまり残されていないのかもしれません。 執筆者 河村 伊織