ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2017年7月号

夜の海の派手な世界
沖縄の夏といえば… 8月を前にして沖縄はいよいよ夏本番を迎え、これぞ亜熱帯という蒸し暑い気候がやってきました。「夏の沖縄」と聞いて真っ先にイメージするのはやはり「青い海に輝く太陽」でしょう。しかし、スキューバダイビングばかりしているボンクラな筆者のイメージは、「夜の海」がまず一番に思い浮かびます。というのも、沖縄の夏は、常に穏やかな南風が吹き、台風が接近しない限り波がピタッと止まる凪のシーズンであり、海が穏やかでないと安全上行うことができない「ナイトダイビング」がとてもやりやすくなるからです。ただし、いくら海が穏やかと言ってもそこは漆黒の闇が包む夜の海ですから、頼りない防水ライトでいくら照らしても底が見えない怖さや、サメやその他の危険生物の存在を考えると、時には恐ろしさからやめてしまおうかと考えるほどですが…。ともかく、そんな怖さを押し殺してでも夏の「夜の海」にわざわざ通い「ナイトダイビング」にいそしむ理由とはいったい何でしょうか? 夜の海の生物 理由は主に、①夜にしか現れない生物がいるから、②夜にしか見られない生物の行動があるから、の二つが挙げられます。そう、夜の世界にはそこでしか見られない生き物たちの姿があるのです。①夜にしか現れない生物、とは主に夜行性の生物のことを指します。夜行性であるがゆえに、昼間は岩の隙間や生きたサンゴの間に隠れていることが多く、人の目で見つけることは時に困難です。そのため、彼らの姿を見るためには夜の海で観察するより方法がないのです。例えば、カニの仲間でカイカムリ科の最大種として知られるオオカイカムリは、背中にカイメンや八放サンゴを背負う奇妙な習性からダイバーにはよく認知されています。しかし、昼間の海で見ることは非常に稀で、わずかに海底洞窟など人がアクセスしづらいところにしか現れません。しかし夜の海の世界では、オオカイカムリは様々な場所で見られる生物で、その巨体に負けないくらい大きな荷物をしょい込みながら我が物顔で海底を歩き回るため、非常に目立つ存在です。おそらくオオカイカムリは、昼のあいだは岩の隙間に入り込み、カイメンや八放サンゴを背負うことで風景に溶け込んで捕食者である魚類から隠れ、夜になると魚類が眠っている隙に歩き回ってエサ探しをしているのでしょう。

ニュースレター一覧

2014年8月号

生き物と生き物とのつながりをみてみると

2014年9月号

多くの生き物たちの命をささえる藻場

2014年10月号

サンゴを彩る蛍光タンパク質の役割

2014年11月号

スナギンチャクの繁殖

2015年1月号

沖縄の潮間帯40年の変化

2015年2月号

干潟を集団行進する多脚型ボット…ではなくカニ

2015年3月号

沖縄の生活に根付く海藻

2015年4月号

カーミージーの海と浦添の人々

2015年6月号

月夜に始まるサンゴの産卵とその研究

2015年7月号

新種の生物を自分で発見して名前をつけるには?

2015年8月号

スツボサンゴはどこへ行く?

2015年9月号

貝殻にまん丸の穴を開けたのは誰?

2015年10月号

電灯潜り漁の世界

2015年11月号

フジツボに魅せられて脚まねきが誘うフジツボの世界

2015年12月号

沖縄のカブトガニは夢か幻か

2016年2月号

沖縄の海への憧れから研究へ

2016年3月号

子供から学ぶハマダイコンの事実

2016年4月号

こどもたちに大人気のクワガタムシ!じゃあ、海のクワガタムシは?

2016年5月号

これであなたも魚通!?~方言から迫る沖縄の食用魚~

2016年6月号

タカラガイの世界

2016年7月号

-国際サンゴ礁学会ハワイ大会-体験記

2016年9月号

サンゴの運命は如何に!?

2016年10月号

海面に雪だるま!?

~ウミショウブの雄花~

八放サンゴを背負うオオカイカムリ

2017年8月号

沖縄の海の現在と未来

触手を広げるテヅルモヅルの仲間 海の生物が見せる夜の顔 ②夜の海でしか見られない生物の行動といえばサンゴの産卵が有名です。沖縄本島では5-7月ごろがその最盛期ですが、これは様々なメディアでも紹介されている繁殖生態ですからご存知の方も多いかと思います。ここで紹介するのは、サンゴの産卵よりもマイナーなナマコの繁殖生態です。オニイボナマコは沖縄では普通に見られるナマコで、昼間にもよく岩の上で触手を使ってエサを食べている光景が見られます。そんなオニイボナマコですが、沖縄では夏の新月の夕方から夜にかけてオスの個体が岩盤上でおもむろに立ち上がり、口から放精(精子の放出)をします。ゆらゆらとおぼつかない足取り?(棘皮動物なので管足取り?)で直立して放精する姿はあまりにも奇妙で、宇宙から来た生き物なんじゃないかという気にさせられます。生物はある程度決まったタイミングで繁殖を行うことで受精の機会をできるだけ増やそうとしますから、この場合オニイボナマコの間では新月の夜が約束の時間のようです。
放精のため直立するオニイボナマコ  その他にも、以前のニュースレターで紹介させていただきましたタカラガイの仲間にも夜にしか見られない習性があります。タカラガイの仲間は美しい殻の模様で有名ですが、いっぽうでその殻の模様とは全く異なる外套膜という軟体部を持ち、殻を覆う形で広げては歩き回ります。夜行性の傾向が強いタカラガイでは、昼間になかなか出てこないので、この外套膜の観察を行うにはナイトダイビングがうってつけです。例えば、日本最大種のムラクモダカラはナマコのような外套膜を持ち、タルダカラは毒々しい緑がかった白点と可愛らしい触手を持ちます。貝類の図鑑では多くが貝殻だけの写真を掲載しているなか、こういった特徴的な生きた姿を見ることができることも実際に潜って観察する醍醐味の一つでしょう。
夜に撮影したムラクモダカラ。ナマコにも似た外套膜を持つ。
夜に撮影したタルダカラ。外套膜の毒々しい色彩と突起が目立つ。 最後に 夜の海の生き物について色々と紹介させていただきましたが、皆様はどのような印象を持たれたでしょうか?昼間の間は姿を見せない生き物も、夜は堂々と歩き回ったり、エサを食べたり、繁殖に勤しんだり、着飾ったりと、夜の闇の中で、派手に暮らしているようです。その様は、ちょっと人間社会のような面白さがあります。生物学者に取ってもいまだに海の生き物についてはわかっていないことだらけですが、その原因には海の生き物が人間の観察の仕方で全く違う姿を見せる特徴が影響しているのではないでしょうか。常に様々な視点で物事を観察できる目を養いたいものです。 執筆者 河村 伊織
夜の海の派手な世界
沖縄の夏といえば… 8月を前にして沖縄はいよいよ夏本番を迎え、これぞ亜熱帯という蒸し暑い気候がやってきました。「夏の沖縄」と聞いて真っ先にイメージするのはやはり「青い海に輝く太陽」でしょう。しかし、スキューバダイビングばかりしているボンクラな筆者のイメージは、「夜の海」がまず一番に思い浮かびます。というのも、沖縄の夏は、常に穏やかな南風が吹き、台風が接近しない限り波がピタッと止まる凪のシーズンであり、海が穏やかでないと安全上行うことができない「ナイトダイビング」がとてもやりやすくなるからです。ただし、いくら海が穏やかと言ってもそこは漆黒の闇が包む夜の海ですから、頼りない防水ライトでいくら照らしても底が見えない怖さや、サメやその他の危険生物の存在を考えると、時には恐ろしさからやめてしまおうかと考えるほどですが…。ともかく、そんな怖さを押し殺してでも夏の「夜の海」にわざわざ通い「ナイトダイビング」にいそしむ理由とはいったい何でしょうか? 夜の海の生物 理由は主に、①夜にしか現れない生物がいるから、②夜にしか見られない生物の行動があるから、の二つが挙げられます。そう、夜の世界にはそこでしか見られない生き物たちの姿があるのです。①夜にしか現れない生物、とは主に夜行性の生物のことを指します。夜行性であるがゆえに、昼間は岩の隙間や生きたサンゴの間に隠れていることが多く、人の目で見つけることは時に困難です。そのため、彼らの姿を見るためには夜の海で観察するより方法がないのです。例えば、カニの仲間でカイカムリ科の最大種として知られるオオカイカムリは、背中にカイメンや八放サンゴを背負う奇妙な習性からダイバーにはよく認知されています。しかし、昼間の海で見ることは非常に稀で、わずかに海底洞窟など人がアクセスしづらいところにしか現れません。しかし夜の海の世界では、オオカイカムリは様々な場所で見られる生物で、その巨体に負けないくらい大きな荷物をしょい込みながら我が物顔で海底を歩き回るため、非常に目立つ存在です。おそらくオオカイカムリは、昼のあいだは岩の隙間に入り込み、カイメンや八放サンゴを背負うことで風景に溶け込んで捕食者である魚類から隠れ、夜になると魚類が眠っている隙に歩き回ってエサ探しをしているのでしょう。
八放サンゴを背負うオオカイカムリ
 次に紹介するのは棘皮動物のテヅルモヅルの仲間です。非常に奇妙な見た目で知られ、変な生き物紹介系の本には必ず紹介される生物の一つです。筆者も沖縄の海の生物を紹介する図鑑で初めて知って以来、いつかは生で見てみたい生き物でしたが、昼間の海でばかり潜っていてもなかなか見ることがなく、勝手に珍しい生き物だと思っていたものです。実際には、テヅルモヅルの仲間は昼間岩の間にうまく隠れており、巨大な体を持つわりに見つけることは稀です。夜になると、隠れている岩の間から現れ、岩の上に鎮座し盛んに腕を動かしてプランクトンなどを捕らえて食べます。サンゴ礁の礁斜面(スロープ状の外洋に面した環境)では普通に見る生き物です。
触手を広げるテヅルモヅルの仲間 海の生物が見せる夜の顔 ②夜の海でしか見られない生物の行動といえばサンゴの産卵が有名です。沖縄本島では5-7月ごろがその最盛期ですが、これは様々なメディアでも紹介されている繁殖生態ですからご存知の方も多いかと思います。ここで紹介するのは、サンゴの産卵よりもマイナーなナマコの繁殖生態です。オニイボナマコは沖縄では普通に見られるナマコで、昼間にもよく岩の上で触手を使ってエサを食べている光景が見られます。そんなオニイボナマコですが、沖縄では夏の新月の夕方から夜にかけてオスの個体が岩盤上でおもむろに立ち上がり、口から放精(精子の放出)をします。ゆらゆらとおぼつかない足取り?(棘皮動物なので管足取り?)で直立して放精する姿はあまりにも奇妙で、宇宙から来た生き物なんじゃないかという気にさせられます。生物はある程度決まったタイミングで繁殖を行うことで受精の機会をできるだけ増やそうとしますから、この場合オニイボナマコの間では新月の夜が約束の時間のようです。
放精のため直立するオニイボナマコ  その他にも、以前のニュースレターで紹介させていただきましたタカラガイの仲間にも夜にしか見られない習性があります。タカラガイの仲間は美しい殻の模様で有名ですが、いっぽうでその殻の模様とは全く異なる外套膜という軟体部を持ち、殻を覆う形で広げては歩き回ります。夜行性の傾向が強いタカラガイでは、昼間になかなか出てこないので、この外套膜の観察を行うにはナイトダイビングがうってつけです。例えば、日本最大種のムラクモダカラはナマコのような外套膜を持ち、タルダカラは毒々しい緑がかった白点と可愛らしい触手を持ちます。貝類の図鑑では多くが貝殻だけの写真を掲載しているなか、こういった特徴的な生きた姿を見ることができることも実際に潜って観察する醍醐味の一つでしょう。
夜に撮影したムラクモダカラ。ナマコにも似た外套膜を持つ。
夜に撮影したタルダカラ。外套膜の毒々しい色彩と突起が目立つ。 最後に 夜の海の生き物について色々と紹介させていただきましたが、皆様はどのような印象を持たれたでしょうか?昼間の間は姿を見せない生き物も、夜は堂々と歩き回ったり、エサを食べたり、繁殖に勤しんだり、着飾ったりと、夜の闇の中で、派手に暮らしているようです。その様は、ちょっと人間社会のような面白さがあります。生物学者に取ってもいまだに海の生き物についてはわかっていないことだらけですが、その原因には海の生き物が人間の観察の仕方で全く違う姿を見せる特徴が影響しているのではないでしょうか。常に様々な視点で物事を観察できる目を養いたいものです。 執筆者 河村 伊織
夜の海の派手な世界
沖縄の夏といえば… 8月を前にして沖縄はいよいよ夏本番を迎え、これぞ亜熱帯という蒸し暑い気候がやってきました。「夏の沖縄」と聞いて真っ先にイメージするのはやはり「青い海に輝く太陽」でしょう。しかし、スキューバダイビングばかりしているボンクラな筆者のイメージは、「夜の海」がまず一番に思い浮かびます。というのも、沖縄の夏は、常に穏やかな南風が吹き、台風が接近しない限り波がピタッと止まる凪のシーズンであり、海が穏やかでないと安全上行うことができない「ナイトダイビング」がとてもやりやすくなるからです。ただし、いくら海が穏やかと言ってもそこは漆黒の闇が包む夜の海ですから、頼りない防水ライトでいくら照らしても底が見えない怖さや、サメやその他の危険生物の存在を考えると、時には恐ろしさからやめてしまおうかと考えるほどですが…。ともかく、そんな怖さを押し殺してでも夏の「夜の海」にわざわざ通い「ナイトダイビング」にいそしむ理由とはいったい何でしょうか? 夜の海の生物 理由は主に、①夜にしか現れない生物がいるから、②夜にしか見られない生物の行動があるから、の二つが挙げられます。そう、夜の世界にはそこでしか見られない生き物たちの姿があるのです。①夜にしか現れない生物、とは主に夜行性の生物のことを指します。夜行性であるがゆえに、昼間は岩の隙間や生きたサンゴの間に隠れていることが多く、人の目で見つけることは時に困難です。そのため、彼らの姿を見るためには夜の海で観察するより方法がないのです。例えば、カニの仲間でカイカムリ科の最大種として知られるオオカイカムリは、背中にカイメンや八放サンゴを背負う奇妙な習性からダイバーにはよく認知されています。しかし、昼間の海で見ることは非常に稀で、わずかに海底洞窟など人がアクセスしづらいところにしか現れません。しかし夜の海の世界では、オオカイカムリは様々な場所で見られる生物で、その巨体に負けないくらい大きな荷物をしょい込みながら我が物顔で海底を歩き回るため、非常に目立つ存在です。おそらくオオカイカムリは、昼のあいだは岩の隙間に入り込み、カイメンや八放サンゴを背負うことで風景に溶け込んで捕食者である魚類から隠れ、夜になると魚類が眠っている隙に歩き回ってエサ探しをしているのでしょう。
八放サンゴを背負うオオカイカムリ
 次に紹介するのは棘皮動物のテヅルモヅルの仲間です。非常に奇妙な見た目で知られ、変な生き物紹介系の本には必ず紹介される生物の一つです。筆者も沖縄の海の生物を紹介する図鑑で初めて知って以来、いつかは生で見てみたい生き物でしたが、昼間の海でばかり潜っていてもなかなか見ることがなく、勝手に珍しい生き物だと思っていたものです。実際には、テヅルモヅルの仲間は昼間岩の間にうまく隠れており、巨大な体を持つわりに見つけることは稀です。夜になると、隠れている岩の間から現れ、岩の上に鎮座し盛んに腕を動かしてプランクトンなどを捕らえて食べます。サンゴ礁の礁斜面(スロープ状の外洋に面した環境)では普通に見る生き物です。
触手を広げるテヅルモヅルの仲間 海の生物が見せる夜の顔 ②夜の海でしか見られない生物の行動といえばサンゴの産卵が有名です。沖縄本島では5-7月ごろがその最盛期ですが、これは様々なメディアでも紹介されている繁殖生態ですからご存知の方も多いかと思います。ここで紹介するのは、サンゴの産卵よりもマイナーなナマコの繁殖生態です。オニイボナマコは沖縄では普通に見られるナマコで、昼間にもよく岩の上で触手を使ってエサを食べている光景が見られます。そんなオニイボナマコですが、沖縄では夏の新月の夕方から夜にかけてオスの個体が岩盤上でおもむろに立ち上がり、口から放精(精子の放出)をします。ゆらゆらとおぼつかない足取り?(棘皮動物なので管足取り?)で直立して放精する姿はあまりにも奇妙で、宇宙から来た生き物なんじゃないかという気にさせられます。生物はある程度決まったタイミングで繁殖を行うことで受精の機会をできるだけ増やそうとしますから、この場合オニイボナマコの間では新月の夜が約束の時間のようです。
放精のため直立するオニイボナマコ  その他にも、以前のニュースレターで紹介させていただきましたタカラガイの仲間にも夜にしか見られない習性があります。タカラガイの仲間は美しい殻の模様で有名ですが、いっぽうでその殻の模様とは全く異なる外套膜という軟体部を持ち、殻を覆う形で広げては歩き回ります。夜行性の傾向が強いタカラガイでは、昼間になかなか出てこないので、この外套膜の観察を行うにはナイトダイビングがうってつけです。例えば、日本最大種のムラクモダカラはナマコのような外套膜を持ち、タルダカラは毒々しい緑がかった白点と可愛らしい触手を持ちます。貝類の図鑑では多くが貝殻だけの写真を掲載しているなか、こういった特徴的な生きた姿を見ることができることも実際に潜って観察する醍醐味の一つでしょう。
夜に撮影したムラクモダカラ。ナマコにも似た外套膜を持つ。
夜に撮影したタルダカラ。外套膜の毒々しい色彩と突起が目立つ。 最後に 夜の海の生き物について色々と紹介させていただきましたが、皆様はどのような印象を持たれたでしょうか?昼間の間は姿を見せない生き物も、夜は堂々と歩き回ったり、エサを食べたり、繁殖に勤しんだり、着飾ったりと、夜の闇の中で、派手に暮らしているようです。その様は、ちょっと人間社会のような面白さがあります。生物学者に取ってもいまだに海の生き物についてはわかっていないことだらけですが、その原因には海の生き物が人間の観察の仕方で全く違う姿を見せる特徴が影響しているのではないでしょうか。常に様々な視点で物事を観察できる目を養いたいものです。 執筆者 河村 伊織
夜の海の派手な世界
沖縄の夏といえば… 8月を前にして沖縄はいよいよ夏本番を迎え、これぞ亜熱帯という蒸し暑い気候がやってきました。「夏の沖縄」と聞いて真っ先にイメージするのはやはり「青い海に輝く太陽」でしょう。しかし、スキューバダイビングばかりしているボンクラな筆者のイメージは、「夜の海」がまず一番に思い浮かびます。というのも、沖縄の夏は、常に穏やかな南風が吹き、台風が接近しない限り波がピタッと止まる凪のシーズンであり、海が穏やかでないと安全上行うことができない「ナイトダイビング」がとてもやりやすくなるからです。ただし、いくら海が穏やかと言ってもそこは漆黒の闇が包む夜の海ですから、頼りない防水ライトでいくら照らしても底が見えない怖さや、サメやその他の危険生物の存在を考えると、時には恐ろしさからやめてしまおうかと考えるほどですが…。ともかく、そんな怖さを押し殺してでも夏の「夜の海」にわざわざ通い「ナイトダイビング」にいそしむ理由とはいったい何でしょうか? 夜の海の生物 理由は主に、①夜にしか現れない生物がいるから、②夜にしか見られない生物の行動があるから、の二つが挙げられます。そう、夜の世界にはそこでしか見られない生き物たちの姿があるのです。①夜にしか現れない生物、とは主に夜行性の生物のことを指します。夜行性であるがゆえに、昼間は岩の隙間や生きたサンゴの間に隠れていることが多く、人の目で見つけることは時に困難です。そのため、彼らの姿を見るためには夜の海で観察するより方法がないのです。例えば、カニの仲間でカイカムリ科の最大種として知られるオオカイカムリは、背中にカイメンや八放サンゴを背負う奇妙な習性からダイバーにはよく認知されています。しかし、昼間の海で見ることは非常に稀で、わずかに海底洞窟など人がアクセスしづらいところにしか現れません。しかし夜の海の世界では、オオカイカムリは様々な場所で見られる生物で、その巨体に負けないくらい大きな荷物をしょい込みながら我が物顔で海底を歩き回るため、非常に目立つ存在です。おそらくオオカイカムリは、昼のあいだは岩の隙間に入り込み、カイメンや八放サンゴを背負うことで風景に溶け込んで捕食者である魚類から隠れ、夜になると魚類が眠っている隙に歩き回ってエサ探しをしているのでしょう。
八放サンゴを背負うオオカイカムリ
 次に紹介するのは棘皮動物のテヅルモヅルの仲間です。非常に奇妙な見た目で知られ、変な生き物紹介系の本には必ず紹介される生物の一つです。筆者も沖縄の海の生物を紹介する図鑑で初めて知って以来、いつかは生で見てみたい生き物でしたが、昼間の海でばかり潜っていてもなかなか見ることがなく、勝手に珍しい生き物だと思っていたものです。実際には、テヅルモヅルの仲間は昼間岩の間にうまく隠れており、巨大な体を持つわりに見つけることは稀です。夜になると、隠れている岩の間から現れ、岩の上に鎮座し盛んに腕を動かしてプランクトンなどを捕らえて食べます。サンゴ礁の礁斜面(スロープ状の外洋に面した環境)では普通に見る生き物です。
触手を広げるテヅルモヅルの仲間 海の生物が見せる夜の顔 ②夜の海でしか見られない生物の行動といえばサンゴの産卵が有名です。沖縄本島では5-7月ごろがその最盛期ですが、これは様々なメディアでも紹介されている繁殖生態ですからご存知の方も多いかと思います。ここで紹介するのは、サンゴの産卵よりもマイナーなナマコの繁殖生態です。オニイボナマコは沖縄では普通に見られるナマコで、昼間にもよく岩の上で触手を使ってエサを食べている光景が見られます。そんなオニイボナマコですが、沖縄では夏の新月の夕方から夜にかけてオスの個体が岩盤上でおもむろに立ち上がり、口から放精(精子の放出)をします。ゆらゆらとおぼつかない足取り?(棘皮動物なので管足取り?)で直立して放精する姿はあまりにも奇妙で、宇宙から来た生き物なんじゃないかという気にさせられます。生物はある程度決まったタイミングで繁殖を行うことで受精の機会をできるだけ増やそうとしますから、この場合オニイボナマコの間では新月の夜が約束の時間のようです。
放精のため直立するオニイボナマコ  その他にも、以前のニュースレターで紹介させていただきましたタカラガイの仲間にも夜にしか見られない習性があります。タカラガイの仲間は美しい殻の模様で有名ですが、いっぽうでその殻の模様とは全く異なる外套膜という軟体部を持ち、殻を覆う形で広げては歩き回ります。夜行性の傾向が強いタカラガイでは、昼間になかなか出てこないので、この外套膜の観察を行うにはナイトダイビングがうってつけです。例えば、日本最大種のムラクモダカラはナマコのような外套膜を持ち、タルダカラは毒々しい緑がかった白点と可愛らしい触手を持ちます。貝類の図鑑では多くが貝殻だけの写真を掲載しているなか、こういった特徴的な生きた姿を見ることができることも実際に潜って観察する醍醐味の一つでしょう。
夜に撮影したムラクモダカラ。ナマコにも似た外套膜を持つ。
夜に撮影したタルダカラ。外套膜の毒々しい色彩と突起が目立つ。 最後に 夜の海の生き物について色々と紹介させていただきましたが、皆様はどのような印象を持たれたでしょうか?昼間の間は姿を見せない生き物も、夜は堂々と歩き回ったり、エサを食べたり、繁殖に勤しんだり、着飾ったりと、夜の闇の中で、派手に暮らしているようです。その様は、ちょっと人間社会のような面白さがあります。生物学者に取ってもいまだに海の生き物についてはわかっていないことだらけですが、その原因には海の生き物が人間の観察の仕方で全く違う姿を見せる特徴が影響しているのではないでしょうか。常に様々な視点で物事を観察できる目を養いたいものです。 執筆者 河村 伊織
夜の海の派手な世界
沖縄の夏といえば… 8月を前にして沖縄はいよいよ夏本番を迎え、これぞ亜熱帯という蒸し暑い気候がやってきました。「夏の沖縄」と聞いて真っ先にイメージするのはやはり「青い海に輝く太陽」でしょう。しかし、スキューバダイビングばかりしているボンクラな筆者のイメージは、「夜の海」がまず一番に思い浮かびます。というのも、沖縄の夏は、常に穏やかな南風が吹き、台風が接近しない限り波がピタッと止まる凪のシーズンであり、海が穏やかでないと安全上行うことができない「ナイトダイビング」がとてもやりやすくなるからです。ただし、いくら海が穏やかと言ってもそこは漆黒の闇が包む夜の海ですから、頼りない防水ライトでいくら照らしても底が見えない怖さや、サメやその他の危険生物の存在を考えると、時には恐ろしさからやめてしまおうかと考えるほどですが…。ともかく、そんな怖さを押し殺してでも夏の「夜の海」にわざわざ通い「ナイトダイビング」にいそしむ理由とはいったい何でしょうか? 夜の海の生物 理由は主に、①夜にしか現れない生物がいるから、②夜にしか見られない生物の行動があるから、の二つが挙げられます。そう、夜の世界にはそこでしか見られない生き物たちの姿があるのです。①夜にしか現れない生物、とは主に夜行性の生物のことを指します。夜行性であるがゆえに、昼間は岩の隙間や生きたサンゴの間に隠れていることが多く、人の目で見つけることは時に困難です。そのため、彼らの姿を見るためには夜の海で観察するより方法がないのです。例えば、カニの仲間でカイカムリ科の最大種として知られるオオカイカムリは、背中にカイメンや八放サンゴを背負う奇妙な習性からダイバーにはよく認知されています。しかし、昼間の海で見ることは非常に稀で、わずかに海底洞窟など人がアクセスしづらいところにしか現れません。しかし夜の海の世界では、オオカイカムリは様々な場所で見られる生物で、その巨体に負けないくらい大きな荷物をしょい込みながら我が物顔で海底を歩き回るため、非常に目立つ存在です。おそらくオオカイカムリは、昼のあいだは岩の隙間に入り込み、カイメンや八放サンゴを背負うことで風景に溶け込んで捕食者である魚類から隠れ、夜になると魚類が眠っている隙に歩き回ってエサ探しをしているのでしょう。
八放サンゴを背負うオオカイカムリ
 次に紹介するのは棘皮動物のテヅルモヅルの仲間です。非常に奇妙な見た目で知られ、変な生き物紹介系の本には必ず紹介される生物の一つです。筆者も沖縄の海の生物を紹介する図鑑で初めて知って以来、いつかは生で見てみたい生き物でしたが、昼間の海でばかり潜っていてもなかなか見ることがなく、勝手に珍しい生き物だと思っていたものです。実際には、テヅルモヅルの仲間は昼間岩の間にうまく隠れており、巨大な体を持つわりに見つけることは稀です。夜になると、隠れている岩の間から現れ、岩の上に鎮座し盛んに腕を動かしてプランクトンなどを捕らえて食べます。サンゴ礁の礁斜面(スロープ状の外洋に面した環境)では普通に見る生き物です。
触手を広げるテヅルモヅルの仲間 海の生物が見せる夜の顔 ②夜の海でしか見られない生物の行動といえばサンゴの産卵が有名です。沖縄本島では5-7月ごろがその最盛期ですが、これは様々なメディアでも紹介されている繁殖生態ですからご存知の方も多いかと思います。ここで紹介するのは、サンゴの産卵よりもマイナーなナマコの繁殖生態です。オニイボナマコは沖縄では普通に見られるナマコで、昼間にもよく岩の上で触手を使ってエサを食べている光景が見られます。そんなオニイボナマコですが、沖縄では夏の新月の夕方から夜にかけてオスの個体が岩盤上でおもむろに立ち上がり、口から放精(精子の放出)をします。ゆらゆらとおぼつかない足取り?(棘皮動物なので管足取り?)で直立して放精する姿はあまりにも奇妙で、宇宙から来た生き物なんじゃないかという気にさせられます。生物はある程度決まったタイミングで繁殖を行うことで受精の機会をできるだけ増やそうとしますから、この場合オニイボナマコの間では新月の夜が約束の時間のようです。
放精のため直立するオニイボナマコ  その他にも、以前のニュースレターで紹介させていただきましたタカラガイの仲間にも夜にしか見られない習性があります。タカラガイの仲間は美しい殻の模様で有名ですが、いっぽうでその殻の模様とは全く異なる外套膜という軟体部を持ち、殻を覆う形で広げては歩き回ります。夜行性の傾向が強いタカラガイでは、昼間になかなか出てこないので、この外套膜の観察を行うにはナイトダイビングがうってつけです。例えば、日本最大種のムラクモダカラはナマコのような外套膜を持ち、タルダカラは毒々しい緑がかった白点と可愛らしい触手を持ちます。貝類の図鑑では多くが貝殻だけの写真を掲載しているなか、こういった特徴的な生きた姿を見ることができることも実際に潜って観察する醍醐味の一つでしょう。
夜に撮影したムラクモダカラ。ナマコにも似た外套膜を持つ。
夜に撮影したタルダカラ。外套膜の毒々しい色彩と突起が目立つ。 最後に 夜の海の生き物について色々と紹介させていただきましたが、皆様はどのような印象を持たれたでしょうか?昼間の間は姿を見せない生き物も、夜は堂々と歩き回ったり、エサを食べたり、繁殖に勤しんだり、着飾ったりと、夜の闇の中で、派手に暮らしているようです。その様は、ちょっと人間社会のような面白さがあります。生物学者に取ってもいまだに海の生き物についてはわかっていないことだらけですが、その原因には海の生き物が人間の観察の仕方で全く違う姿を見せる特徴が影響しているのではないでしょうか。常に様々な視点で物事を観察できる目を養いたいものです。 執筆者 河村 伊織