ニュースレター「サンゴ礁の自然環境」

2014年7月号

新種の生物を自分で発見して名前をつけるには?

2015年4月号

カーミージーの海と浦添の人々

2017年7月号

夜の海の派手な世界

新種の生物を自分で発見して名前をつけるには?
 生き物が好きな方の中には、小さい頃「いつか自分で発見した生物に自分で名前をつけたい」と思っていた方、あるいは現在進行形で思っている方も多いのでは、と思います。今回、自分で発見したサンゴを新属・新種として記載(名前をつけて発表)するという光栄(?)に預かった僕が、そのあたりの経緯や事情についてレポートします。 どんな新種を発表したの? 今回、新属新種として発表したサンゴは、沖縄県座間味島の海岸の水深1mに満たないようなビーチの砂地に転がる石の裏から発見されました(下写真)。八本の触手を持つ「八放サンゴ*1」と呼ばれる生物の仲間ですが、非常に小さく(触手をいっぱいに開いて直径5mmくらい)目立たないため、最初に見つけた時は何の仲間なのか分からず、何となくデジカメで撮影して拡大表示してみて初めて、自分の研究対象である八放サンゴの仲間であることが分かりました(水中でデジカメの液晶を見ながら「(触手が)八本あるじゃん〜!!」と心の中で叫んだことを覚えています)。採集した標本をもとに、2015年7月発行の国際誌「Zookeys」にて、「ザマミイシハナゴケ」という和名で新属・新種として発表しました*2。和名の「ザマミ」はもちろん発見場所の座間味島から、「イシ」は骨格を作るという特徴から(*3参照)、「ハナゴケ」は似たような形をしたハナゴケCerveraという八放サンゴから取りました。
八放サンゴの仲間の多くは一般に骨格を持たず、「ソフトコーラル」とも呼ばれますが、ザマミイシハナゴケは硬質な炭酸カルシウムの骨格*3を持っています。分類学的には、八放サンゴ亜綱アオサンゴ目Lithotelestidae科(科の和名はまだありません)に含まれ、これまで知られているどの属*4にも当てはまらないと考えられることから、新しいグループ「新属」を作りました。ちなみに、Lithotelestidae科は八放サンゴの中でも非常に古い時代に栄えた仲間の生き残りではないか、と考えられています。ザマミイシハナゴケと同じLithotelestidae科のEpiphaxumという属の八放サンゴは、現生の生物として知られていますが、白亜紀の地層からも化石として見つかっており、古代から姿を変えずに生き残ってきた「生きた化石」であると考えられています。生きたものはこれまで深海から数個体が見つかったのみで、八放サンゴの世界では「お尋ね者」でした。今回の発見の驚くべきところは、このEpiphaxumに近縁なサンゴが水深1mにも満たない浅いビーチから見つかった、という所です。 何をもって「新種」とするの? 一般的には「これまで人に知られておらず、名前が付いていない生物」を「新種」と表現することが多いですが、これは実は生物学的に言えば2つの点で間違っています。まず、名前が付いていない生物は正確には「未記載種」と呼び、論文で発表され学名がつけられた時点で初めて「新種」と呼ぶことが出来ます。生物学の世界ではこの新種を報告するための一連の流れを「記載」といいます。この未記載種には現地の人々は昔から知っているけれど記載がまだ行われていないケース、1種類だと思われていた生物がよく調べた結果2種類の種を含んでいたケースなども含みます(この記事では、読みやすさを優先し「未記載種」とするべきところを一部あえて「新種」と表記しました。タイトルもそうです)。 自分で新種の生物を発見するには? 未記載種を発見し、新種記載することができるのはどんな人なのでしょうか?実は、分類学のルールに従えば誰にだって可能です。新種記載のプロセスを大きく3つに分けるとすると以下のようになります。 これは未記載種じゃやないか?と思われる生き物を発見する。 それが今まで記載された種とどう異なるかを、生体や標本を観察し、過去の記録や標本と比較しながら精査する。 論文を書いて学術誌へ投稿し、その分野に詳しい研究者たちのチェックを受けて掲載される。 「新種発見!」というと、1)がメインで「採集用具や虫眼鏡を持って海や山を駆けずり回る」みたいなイメージを持つ人が多いと思いますが、実際のところ、これらのプロセスにかかる労力と時間は、僕の場合ですが、1)が5%、2)3)が95%ぐらいです。新種の記載で重要なのは「すでに知られている種とどこがどう違うか」という証拠固めですので、持ち帰った標本を精査したり、過去の文献や標本を調べたり、場合によってはDNAの塩基配列を比較する実験をしたりするのに多くの時間を費やすことになります(もちろん、新種の学名も考えます)。その結果を、普通は英語の論文にまとめて論文雑誌に送り、幾度かの専門家からのリバイス(要するにダメ出し)を修正して論文が受理されれば、晴れて新種の記載が成立します。 なお、一般の人が未記載種を見つけてきて専門家が②③を受け持つ、ということも多いのですが、この場合学名を決める権利を持つのも、分類学の歴史に名を残すのも後者の方です。 では、自分で新種を記載したい!という人はどうすればいい? まず、未記載種が見つかる可能性が高いのは、どんなグループの生き物でしょうか?簡潔に言うと「種類数が多く」「まだあまり研究されていない」グループほど確率は高くなります。例えばチョウ(蝶)やトンボの仲間は、分類の世界でも昔から人気があって、未記載種を見つけるのはかなり険しい道のりです。対して、ごく小型のガ(蛾)・甲虫の仲間などは、まだまだ可能性だらけのようです。 でも、どうせなら一般的にもそこそこ話題性のある生き物で「新種記載」してみたいですよね(小型蛾と小型甲虫の研究者の方、ごめんなさい)。そういう意味で、僕の研究している「八放サンゴ」の仲間は、ぶっちゃけ“狙い目”です。新種どころか、今回のように「新属」を記載できる可能性もまだ十分にあります。 将来、未記載種を自分で見つけて自分で命名したい!今日から早速何かできない?という意欲的な方には、とりあえず語学の勉強を強くオススメします。先にも述べましたが、新種の記載は「すでに知られている種とどこがどう違うか」の証拠固めがメインの作業で、そのためにひたすら文献(記載論文)を読んで情報収集することになります。文献は普通は英語、運が悪いとドイツ・ラテン語で書かれていて、専門用語だらけです。 とはいえ、何よりもまず大事なのは「好奇心」です。実は、分類学は現代の生物学の中でも“ぶっちぎり”の不人気で、「未記載種だろう」という事が分かっているのに研究されていない生物もたくさんいます。労力の割に業績として評価されにくいというのが大きな理由でしょう。ハードルはありますが、一般社会人や高校生にも新種記載は不可能ではありません。腰の重い専門家なんか放っといて、好奇心と向学心とガッツのある人はチャレンジしてみては? 新種が見つかると何かいいことがある? 今回、新属新種のサンゴを記載して一番印象的だったのは、地元座間味の方々の間でも発見場所のビーチがかなり話題になったらしいということです。座間味村役場からも問い合わせの電話がありました。このようなきっかけで多くの方が地元の自然に改めて関心を持ってくれたとすれば、それが僕にとって何よりの収穫です。 1 八放(はっぽう)サンゴ:刺胞動物の仲間で、八本の触手を持つ。体が柔らかいものは「ソフトコーラル」と呼ばれ、マリンアクアリスト(海水での生物飼育を趣味とする人)に人気が高い種類も多い。 2 Y. Miyazaki & J. D. Reimer (2015) A new genus and species of octocoral with aragonite calcium-carbonate skeleton (Octocorallia, Helioporacea) from Okinawa, Japan. Zookyes 511: 1-23 3 炭酸カルシウム(CaCO3)には、同じ化学式でも結晶の構造(原子の並び方)が異なる数種類があり、代表的なのがアラレ石(aragonite)と方解石(calcite)です。カルシウムの殻を作る生物はいろいろいますが、どちらを作るかは生物の種類によって決まっています。皆さんが沖縄の海に来て目にするいわゆる「サンゴ(イシサンゴ)」はアラレ石のしっかりした骨格を作るのに対し、大部分の八放サンゴは体内に方解石のかけら(骨片)を持つのみです。アオサンゴと今回記載されたザマミイシハナゴケは、八放サンゴのくせにアラゴナイトの骨格を持つ「変わり者」なのです。 4 「属」は分類学上で、「種」よりも上のカテゴリーです。例えば、バラの原種の1種であるコウシンバラ(学名Rosa chinensis/ロサ・キネンシス)はバラ(Rosa)属に含まれます。 執筆者 宮崎 悠
新種の生物を自分で発見して名前をつけるには?
 生き物が好きな方の中には、小さい頃「いつか自分で発見した生物に自分で名前をつけたい」と思っていた方、あるいは現在進行形で思っている方も多いのでは、と思います。今回、自分で発見したサンゴを新属・新種として記載(名前をつけて発表)するという光栄(?)に預かった僕が、そのあたりの経緯や事情についてレポートします。 どんな新種を発表したの? 今回、新属新種として発表したサンゴは、沖縄県座間味島の海岸の水深1mに満たないようなビーチの砂地に転がる石の裏から発見されました(下写真)。八本の触手を持つ「八放サンゴ*1」と呼ばれる生物の仲間ですが、非常に小さく(触手をいっぱいに開いて直径5mmくらい)目立たないため、最初に見つけた時は何の仲間なのか分からず、何となくデジカメで撮影して拡大表示してみて初めて、自分の研究対象である八放サンゴの仲間であることが分かりました(水中でデジカメの液晶を見ながら「(触手が)八本あるじゃん〜!!」と心の中で叫んだことを覚えています)。採集した標本をもとに、2015年7月発行の国際誌「Zookeys」にて、「ザマミイシハナゴケ」という和名で新属・新種として発表しました*2。和名の「ザマミ」はもちろん発見場所の座間味島から、「イシ」は骨格を作るという特徴から(*3参照)、「ハナゴケ」は似たような形をしたハナゴケCerveraという八放サンゴから取りました。
八放サンゴの仲間の多くは一般に骨格を持たず、「ソフトコーラル」とも呼ばれますが、ザマミイシハナゴケは硬質な炭酸カルシウムの骨格*3を持っています。分類学的には、八放サンゴ亜綱アオサンゴ目Lithotelestidae科(科の和名はまだありません)に含まれ、これまで知られているどの属*4にも当てはまらないと考えられることから、新しいグループ「新属」を作りました。ちなみに、Lithotelestidae科は八放サンゴの中でも非常に古い時代に栄えた仲間の生き残りではないか、と考えられています。ザマミイシハナゴケと同じLithotelestidae科のEpiphaxumという属の八放サンゴは、現生の生物として知られていますが、白亜紀の地層からも化石として見つかっており、古代から姿を変えずに生き残ってきた「生きた化石」であると考えられています。生きたものはこれまで深海から数個体が見つかったのみで、八放サンゴの世界では「お尋ね者」でした。今回の発見の驚くべきところは、このEpiphaxumに近縁なサンゴが水深1mにも満たない浅いビーチから見つかった、という所です。 何をもって「新種」とするの? 一般的には「これまで人に知られておらず、名前が付いていない生物」を「新種」と表現することが多いですが、これは実は生物学的に言えば2つの点で間違っています。まず、名前が付いていない生物は正確には「未記載種」と呼び、論文で発表され学名がつけられた時点で初めて「新種」と呼ぶことが出来ます。生物学の世界ではこの新種を報告するための一連の流れを「記載」といいます。この未記載種には現地の人々は昔から知っているけれど記載がまだ行われていないケース、1種類だと思われていた生物がよく調べた結果2種類の種を含んでいたケースなども含みます(この記事では、読みやすさを優先し「未記載種」とするべきところを一部あえて「新種」と表記しました。タイトルもそうです)。 自分で新種の生物を発見するには? 未記載種を発見し、新種記載することができるのはどんな人なのでしょうか?実は、分類学のルールに従えば誰にだって可能です。新種記載のプロセスを大きく3つに分けるとすると以下のようになります。 これは未記載種じゃやないか?と思われる生き物を発見する。 それが今まで記載された種とどう異なるかを、生体や標本を観察し、過去の記録や標本と比較しながら精査する。 論文を書いて学術誌へ投稿し、その分野に詳しい研究者たちのチェックを受けて掲載される。 「新種発見!」というと、1)がメインで「採集用具や虫眼鏡を持って海や山を駆けずり回る」みたいなイメージを持つ人が多いと思いますが、実際のところ、これらのプロセスにかかる労力と時間は、僕の場合ですが、1)が5%、2)3)が95%ぐらいです。新種の記載で重要なのは「すでに知られている種とどこがどう違うか」という証拠固めですので、持ち帰った標本を精査したり、過去の文献や標本を調べたり、場合によってはDNAの塩基配列を比較する実験をしたりするのに多くの時間を費やすことになります(もちろん、新種の学名も考えます)。その結果を、普通は英語の論文にまとめて論文雑誌に送り、幾度かの専門家からのリバイス(要するにダメ出し)を修正して論文が受理されれば、晴れて新種の記載が成立します。 なお、一般の人が未記載種を見つけてきて専門家が②③を受け持つ、ということも多いのですが、この場合学名を決める権利を持つのも、分類学の歴史に名を残すのも後者の方です。 では、自分で新種を記載したい!という人はどうすればいい? まず、未記載種が見つかる可能性が高いのは、どんなグループの生き物でしょうか?簡潔に言うと「種類数が多く」「まだあまり研究されていない」グループほど確率は高くなります。例えばチョウ(蝶)やトンボの仲間は、分類の世界でも昔から人気があって、未記載種を見つけるのはかなり険しい道のりです。対して、ごく小型のガ(蛾)・甲虫の仲間などは、まだまだ可能性だらけのようです。 でも、どうせなら一般的にもそこそこ話題性のある生き物で「新種記載」してみたいですよね(小型蛾と小型甲虫の研究者の方、ごめんなさい)。そういう意味で、僕の研究している「八放サンゴ」の仲間は、ぶっちゃけ“狙い目”です。新種どころか、今回のように「新属」を記載できる可能性もまだ十分にあります。 将来、未記載種を自分で見つけて自分で命名したい!今日から早速何かできない?という意欲的な方には、とりあえず語学の勉強を強くオススメします。先にも述べましたが、新種の記載は「すでに知られている種とどこがどう違うか」の証拠固めがメインの作業で、そのためにひたすら文献(記載論文)を読んで情報収集することになります。文献は普通は英語、運が悪いとドイツ・ラテン語で書かれていて、専門用語だらけです。 とはいえ、何よりもまず大事なのは「好奇心」です。実は、分類学は現代の生物学の中でも“ぶっちぎり”の不人気で、「未記載種だろう」という事が分かっているのに研究されていない生物もたくさんいます。労力の割に業績として評価されにくいというのが大きな理由でしょう。ハードルはありますが、一般社会人や高校生にも新種記載は不可能ではありません。腰の重い専門家なんか放っといて、好奇心と向学心とガッツのある人はチャレンジしてみては? 新種が見つかると何かいいことがある? 今回、新属新種のサンゴを記載して一番印象的だったのは、地元座間味の方々の間でも発見場所のビーチがかなり話題になったらしいということです。座間味村役場からも問い合わせの電話がありました。このようなきっかけで多くの方が地元の自然に改めて関心を持ってくれたとすれば、それが僕にとって何よりの収穫です。 1 八放(はっぽう)サンゴ:刺胞動物の仲間で、八本の触手を持つ。体が柔らかいものは「ソフトコーラル」と呼ばれ、マリンアクアリスト(海水での生物飼育を趣味とする人)に人気が高い種類も多い。 2 Y. Miyazaki & J. D. Reimer (2015) A new genus and species of octocoral with aragonite calcium-carbonate skeleton (Octocorallia, Helioporacea) from Okinawa, Japan. Zookyes 511: 1-23 3 炭酸カルシウム(CaCO3)には、同じ化学式でも結晶の構造(原子の並び方)が異なる数種類があり、代表的なのがアラレ石(aragonite)と方解石(calcite)です。カルシウムの殻を作る生物はいろいろいますが、どちらを作るかは生物の種類によって決まっています。皆さんが沖縄の海に来て目にするいわゆる「サンゴ(イシサンゴ)」はアラレ石のしっかりした骨格を作るのに対し、大部分の八放サンゴは体内に方解石のかけら(骨片)を持つのみです。アオサンゴと今回記載されたザマミイシハナゴケは、八放サンゴのくせにアラゴナイトの骨格を持つ「変わり者」なのです。 4 「属」は分類学上で、「種」よりも上のカテゴリーです。例えば、バラの原種の1種であるコウシンバラ(学名Rosa chinensis/ロサ・キネンシス)はバラ(Rosa)属に含まれます。 執筆者 宮崎 悠
新種の生物を自分で発見して名前をつけるには?
 生き物が好きな方の中には、小さい頃「いつか自分で発見した生物に自分で名前をつけたい」と思っていた方、あるいは現在進行形で思っている方も多いのでは、と思います。今回、自分で発見したサンゴを新属・新種として記載(名前をつけて発表)するという光栄(?)に預かった僕が、そのあたりの経緯や事情についてレポートします。 どんな新種を発表したの? 今回、新属新種として発表したサンゴは、沖縄県座間味島の海岸の水深1mに満たないようなビーチの砂地に転がる石の裏から発見されました(下写真)。八本の触手を持つ「八放サンゴ*1」と呼ばれる生物の仲間ですが、非常に小さく(触手をいっぱいに開いて直径5mmくらい)目立たないため、最初に見つけた時は何の仲間なのか分からず、何となくデジカメで撮影して拡大表示してみて初めて、自分の研究対象である八放サンゴの仲間であることが分かりました(水中でデジカメの液晶を見ながら「(触手が)八本あるじゃん〜!!」と心の中で叫んだことを覚えています)。採集した標本をもとに、2015年7月発行の国際誌「Zookeys」にて、「ザマミイシハナゴケ」という和名で新属・新種として発表しました*2。和名の「ザマミ」はもちろん発見場所の座間味島から、「イシ」は骨格を作るという特徴から(*3参照)、「ハナゴケ」は似たような形をしたハナゴケCerveraという八放サンゴから取りました。
八放サンゴの仲間の多くは一般に骨格を持たず、「ソフトコーラル」とも呼ばれますが、ザマミイシハナゴケは硬質な炭酸カルシウムの骨格*3を持っています。分類学的には、八放サンゴ亜綱アオサンゴ目Lithotelestidae科(科の和名はまだありません)に含まれ、これまで知られているどの属*4にも当てはまらないと考えられることから、新しいグループ「新属」を作りました。ちなみに、Lithotelestidae科は八放サンゴの中でも非常に古い時代に栄えた仲間の生き残りではないか、と考えられています。ザマミイシハナゴケと同じLithotelestidae科のEpiphaxumという属の八放サンゴは、現生の生物として知られていますが、白亜紀の地層からも化石として見つかっており、古代から姿を変えずに生き残ってきた「生きた化石」であると考えられています。生きたものはこれまで深海から数個体が見つかったのみで、八放サンゴの世界では「お尋ね者」でした。今回の発見の驚くべきところは、このEpiphaxumに近縁なサンゴが水深1mにも満たない浅いビーチから見つかった、という所です。 何をもって「新種」とするの? 一般的には「これまで人に知られておらず、名前が付いていない生物」を「新種」と表現することが多いですが、これは実は生物学的に言えば2つの点で間違っています。まず、名前が付いていない生物は正確には「未記載種」と呼び、論文で発表され学名がつけられた時点で初めて「新種」と呼ぶことが出来ます。生物学の世界ではこの新種を報告するための一連の流れを「記載」といいます。この未記載種には現地の人々は昔から知っているけれど記載がまだ行われていないケース、1種類だと思われていた生物がよく調べた結果2種類の種を含んでいたケースなども含みます(この記事では、読みやすさを優先し「未記載種」とするべきところを一部あえて「新種」と表記しました。タイトルもそうです)。 自分で新種の生物を発見するには? 未記載種を発見し、新種記載することができるのはどんな人なのでしょうか?実は、分類学のルールに従えば誰にだって可能です。新種記載のプロセスを大きく3つに分けるとすると以下のようになります。 これは未記載種じゃやないか?と思われる生き物を発見する。 それが今まで記載された種とどう異なるかを、生体や標本を観察し、過去の記録や標本と比較しながら精査する。 論文を書いて学術誌へ投稿し、その分野に詳しい研究者たちのチェックを受けて掲載される。 「新種発見!」というと、1)がメインで「採集用具や虫眼鏡を持って海や山を駆けずり回る」みたいなイメージを持つ人が多いと思いますが、実際のところ、これらのプロセスにかかる労力と時間は、僕の場合ですが、1)が5%、2)3)が95%ぐらいです。新種の記載で重要なのは「すでに知られている種とどこがどう違うか」という証拠固めですので、持ち帰った標本を精査したり、過去の文献や標本を調べたり、場合によってはDNAの塩基配列を比較する実験をしたりするのに多くの時間を費やすことになります(もちろん、新種の学名も考えます)。その結果を、普通は英語の論文にまとめて論文雑誌に送り、幾度かの専門家からのリバイス(要するにダメ出し)を修正して論文が受理されれば、晴れて新種の記載が成立します。 なお、一般の人が未記載種を見つけてきて専門家が②③を受け持つ、ということも多いのですが、この場合学名を決める権利を持つのも、分類学の歴史に名を残すのも後者の方です。 では、自分で新種を記載したい!という人はどうすればいい? まず、未記載種が見つかる可能性が高いのは、どんなグループの生き物でしょうか?簡潔に言うと「種類数が多く」「まだあまり研究されていない」グループほど確率は高くなります。例えばチョウ(蝶)やトンボの仲間は、分類の世界でも昔から人気があって、未記載種を見つけるのはかなり険しい道のりです。対して、ごく小型のガ(蛾)・甲虫の仲間などは、まだまだ可能性だらけのようです。 でも、どうせなら一般的にもそこそこ話題性のある生き物で「新種記載」してみたいですよね(小型蛾と小型甲虫の研究者の方、ごめんなさい)。そういう意味で、僕の研究している「八放サンゴ」の仲間は、ぶっちゃけ“狙い目”です。新種どころか、今回のように「新属」を記載できる可能性もまだ十分にあります。 将来、未記載種を自分で見つけて自分で命名したい!今日から早速何かできない?という意欲的な方には、とりあえず語学の勉強を強くオススメします。先にも述べましたが、新種の記載は「すでに知られている種とどこがどう違うか」の証拠固めがメインの作業で、そのためにひたすら文献(記載論文)を読んで情報収集することになります。文献は普通は英語、運が悪いとドイツ・ラテン語で書かれていて、専門用語だらけです。 とはいえ、何よりもまず大事なのは「好奇心」です。実は、分類学は現代の生物学の中でも“ぶっちぎり”の不人気で、「未記載種だろう」という事が分かっているのに研究されていない生物もたくさんいます。労力の割に業績として評価されにくいというのが大きな理由でしょう。ハードルはありますが、一般社会人や高校生にも新種記載は不可能ではありません。腰の重い専門家なんか放っといて、好奇心と向学心とガッツのある人はチャレンジしてみては? 新種が見つかると何かいいことがある? 今回、新属新種のサンゴを記載して一番印象的だったのは、地元座間味の方々の間でも発見場所のビーチがかなり話題になったらしいということです。座間味村役場からも問い合わせの電話がありました。このようなきっかけで多くの方が地元の自然に改めて関心を持ってくれたとすれば、それが僕にとって何よりの収穫です。 1 八放(はっぽう)サンゴ:刺胞動物の仲間で、八本の触手を持つ。体が柔らかいものは「ソフトコーラル」と呼ばれ、マリンアクアリスト(海水での生物飼育を趣味とする人)に人気が高い種類も多い。 2 Y. Miyazaki & J. D. Reimer (2015) A new genus and species of octocoral with aragonite calcium-carbonate skeleton (Octocorallia, Helioporacea) from Okinawa, Japan. Zookyes 511: 1-23 3 炭酸カルシウム(CaCO3)には、同じ化学式でも結晶の構造(原子の並び方)が異なる数種類があり、代表的なのがアラレ石(aragonite)と方解石(calcite)です。カルシウムの殻を作る生物はいろいろいますが、どちらを作るかは生物の種類によって決まっています。皆さんが沖縄の海に来て目にするいわゆる「サンゴ(イシサンゴ)」はアラレ石のしっかりした骨格を作るのに対し、大部分の八放サンゴは体内に方解石のかけら(骨片)を持つのみです。アオサンゴと今回記載されたザマミイシハナゴケは、八放サンゴのくせにアラゴナイトの骨格を持つ「変わり者」なのです。 4 「属」は分類学上で、「種」よりも上のカテゴリーです。例えば、バラの原種の1種であるコウシンバラ(学名Rosa chinensis/ロサ・キネンシス)はバラ(Rosa)属に含まれます。 執筆者 宮崎 悠
新種の生物を自分で発見して名前をつけるには?
 生き物が好きな方の中には、小さい頃「いつか自分で発見した生物に自分で名前をつけたい」と思っていた方、あるいは現在進行形で思っている方も多いのでは、と思います。今回、自分で発見したサンゴを新属・新種として記載(名前をつけて発表)するという光栄(?)に預かった僕が、そのあたりの経緯や事情についてレポートします。 どんな新種を発表したの? 今回、新属新種として発表したサンゴは、沖縄県座間味島の海岸の水深1mに満たないようなビーチの砂地に転がる石の裏から発見されました(下写真)。八本の触手を持つ「八放サンゴ*1」と呼ばれる生物の仲間ですが、非常に小さく(触手をいっぱいに開いて直径5mmくらい)目立たないため、最初に見つけた時は何の仲間なのか分からず、何となくデジカメで撮影して拡大表示してみて初めて、自分の研究対象である八放サンゴの仲間であることが分かりました(水中でデジカメの液晶を見ながら「(触手が)八本あるじゃん〜!!」と心の中で叫んだことを覚えています)。採集した標本をもとに、2015年7月発行の国際誌「Zookeys」にて、「ザマミイシハナゴケ」という和名で新属・新種として発表しました*2。和名の「ザマミ」はもちろん発見場所の座間味島から、「イシ」は骨格を作るという特徴から(*3参照)、「ハナゴケ」は似たような形をしたハナゴケCerveraという八放サンゴから取りました。
八放サンゴの仲間の多くは一般に骨格を持たず、「ソフトコーラル」とも呼ばれますが、ザマミイシハナゴケは硬質な炭酸カルシウムの骨格*3を持っています。分類学的には、八放サンゴ亜綱アオサンゴ目Lithotelestidae科(科の和名はまだありません)に含まれ、これまで知られているどの属*4にも当てはまらないと考えられることから、新しいグループ「新属」を作りました。ちなみに、Lithotelestidae科は八放サンゴの中でも非常に古い時代に栄えた仲間の生き残りではないか、と考えられています。ザマミイシハナゴケと同じLithotelestidae科のEpiphaxumという属の八放サンゴは、現生の生物として知られていますが、白亜紀の地層からも化石として見つかっており、古代から姿を変えずに生き残ってきた「生きた化石」であると考えられています。生きたものはこれまで深海から数個体が見つかったのみで、八放サンゴの世界では「お尋ね者」でした。今回の発見の驚くべきところは、このEpiphaxumに近縁なサンゴが水深1mにも満たない浅いビーチから見つかった、という所です。 何をもって「新種」とするの? 一般的には「これまで人に知られておらず、名前が付いていない生物」を「新種」と表現することが多いですが、これは実は生物学的に言えば2つの点で間違っています。まず、名前が付いていない生物は正確には「未記載種」と呼び、論文で発表され学名がつけられた時点で初めて「新種」と呼ぶことが出来ます。生物学の世界ではこの新種を報告するための一連の流れを「記載」といいます。この未記載種には現地の人々は昔から知っているけれど記載がまだ行われていないケース、1種類だと思われていた生物がよく調べた結果2種類の種を含んでいたケースなども含みます(この記事では、読みやすさを優先し「未記載種」とするべきところを一部あえて「新種」と表記しました。タイトルもそうです)。 自分で新種の生物を発見するには? 未記載種を発見し、新種記載することができるのはどんな人なのでしょうか?実は、分類学のルールに従えば誰にだって可能です。新種記載のプロセスを大きく3つに分けるとすると以下のようになります。 これは未記載種じゃやないか?と思われる生き物を発見する。 それが今まで記載された種とどう異なるかを、生体や標本を観察し、過去の記録や標本と比較しながら精査する。 論文を書いて学術誌へ投稿し、その分野に詳しい研究者たちのチェックを受けて掲載される。 「新種発見!」というと、1)がメインで「採集用具や虫眼鏡を持って海や山を駆けずり回る」みたいなイメージを持つ人が多いと思いますが、実際のところ、これらのプロセスにかかる労力と時間は、僕の場合ですが、1)が5%、2)3)が95%ぐらいです。新種の記載で重要なのは「すでに知られている種とどこがどう違うか」という証拠固めですので、持ち帰った標本を精査したり、過去の文献や標本を調べたり、場合によってはDNAの塩基配列を比較する実験をしたりするのに多くの時間を費やすことになります(もちろん、新種の学名も考えます)。その結果を、普通は英語の論文にまとめて論文雑誌に送り、幾度かの専門家からのリバイス(要するにダメ出し)を修正して論文が受理されれば、晴れて新種の記載が成立します。 なお、一般の人が未記載種を見つけてきて専門家が②③を受け持つ、ということも多いのですが、この場合学名を決める権利を持つのも、分類学の歴史に名を残すのも後者の方です。 では、自分で新種を記載したい!という人はどうすればいい? まず、未記載種が見つかる可能性が高いのは、どんなグループの生き物でしょうか?簡潔に言うと「種類数が多く」「まだあまり研究されていない」グループほど確率は高くなります。例えばチョウ(蝶)やトンボの仲間は、分類の世界でも昔から人気があって、未記載種を見つけるのはかなり険しい道のりです。対して、ごく小型のガ(蛾)・甲虫の仲間などは、まだまだ可能性だらけのようです。 でも、どうせなら一般的にもそこそこ話題性のある生き物で「新種記載」してみたいですよね(小型蛾と小型甲虫の研究者の方、ごめんなさい)。そういう意味で、僕の研究している「八放サンゴ」の仲間は、ぶっちゃけ“狙い目”です。新種どころか、今回のように「新属」を記載できる可能性もまだ十分にあります。 将来、未記載種を自分で見つけて自分で命名したい!今日から早速何かできない?という意欲的な方には、とりあえず語学の勉強を強くオススメします。先にも述べましたが、新種の記載は「すでに知られている種とどこがどう違うか」の証拠固めがメインの作業で、そのためにひたすら文献(記載論文)を読んで情報収集することになります。文献は普通は英語、運が悪いとドイツ・ラテン語で書かれていて、専門用語だらけです。 とはいえ、何よりもまず大事なのは「好奇心」です。実は、分類学は現代の生物学の中でも“ぶっちぎり”の不人気で、「未記載種だろう」という事が分かっているのに研究されていない生物もたくさんいます。労力の割に業績として評価されにくいというのが大きな理由でしょう。ハードルはありますが、一般社会人や高校生にも新種記載は不可能ではありません。腰の重い専門家なんか放っといて、好奇心と向学心とガッツのある人はチャレンジしてみては? 新種が見つかると何かいいことがある? 今回、新属新種のサンゴを記載して一番印象的だったのは、地元座間味の方々の間でも発見場所のビーチがかなり話題になったらしいということです。座間味村役場からも問い合わせの電話がありました。このようなきっかけで多くの方が地元の自然に改めて関心を持ってくれたとすれば、それが僕にとって何よりの収穫です。 1 八放(はっぽう)サンゴ:刺胞動物の仲間で、八本の触手を持つ。体が柔らかいものは「ソフトコーラル」と呼ばれ、マリンアクアリスト(海水での生物飼育を趣味とする人)に人気が高い種類も多い。 2 Y. Miyazaki & J. D. Reimer (2015) A new genus and species of octocoral with aragonite calcium-carbonate skeleton (Octocorallia, Helioporacea) from Okinawa, Japan. Zookyes 511: 1-23 3 炭酸カルシウム(CaCO3)には、同じ化学式でも結晶の構造(原子の並び方)が異なる数種類があり、代表的なのがアラレ石(aragonite)と方解石(calcite)です。カルシウムの殻を作る生物はいろいろいますが、どちらを作るかは生物の種類によって決まっています。皆さんが沖縄の海に来て目にするいわゆる「サンゴ(イシサンゴ)」はアラレ石のしっかりした骨格を作るのに対し、大部分の八放サンゴは体内に方解石のかけら(骨片)を持つのみです。アオサンゴと今回記載されたザマミイシハナゴケは、八放サンゴのくせにアラゴナイトの骨格を持つ「変わり者」なのです。 4 「属」は分類学上で、「種」よりも上のカテゴリーです。例えば、バラの原種の1種であるコウシンバラ(学名Rosa chinensis/ロサ・キネンシス)はバラ(Rosa)属に含まれます。 執筆者 宮崎 悠